『内外タイムス』
(2000年1月28日付)
噂の“深層”<20>
■『噂の真相』編集長 岡留安則■
吉野川問題住民投票が暴きだした
翼賛政治の正体

内外タイムス0113  大政翼賛政治にならないようにという異例の国会演説をやった野中広務氏がいくら弁明しようとも、その後野中自身が奔走してつくりあげた自自公連立政権は紛れもなく翼賛政治である。国民の信任を一度も得ていないにもかかわらず、ロクな議論もしないままに次々と強行採決で、市民にとっては悪法としかいいようのない法案を成立させてきた罪は確実に後世に残るのではないか。
 例えば、権力による乱用を防ぐ手だてもないままに強行採決された盗聴法など、その後の神奈川県警を中心とした警察の信じ難い犯罪を見れば、危険きわまりない悪法になりうることは一目瞭然だろう。要は市民の意思など踏みにじっても国家による権力の集中や管理を強めようという、戦後民主主義の否定、戦前の内務省型支配への逆行指向である。こうした動きを推進する政治家や官僚のホンネをはからずも露呈させたのが吉野川可動堰をめぐる住民投票に対する反応だった。
 住民投票前には建設省と徳島県が計画するこの事業が何らかの利益につながるいう徳島市の推進派を総動員して、投票自体のボイットを呼びかけた。投票率が50%を切れば開票すらしないという絶句するよう方針まで打ち出した。
 それでも予想に反して、投票が50%を上回り、開票の結果が圧倒的に反対と出ても、法的拘束力はないとして建設計画の概要は変えない方針だという。中山正暉建設大臣などは「大災害につながったらどうするのか」などとスゴみつつ、「大臣としての責任だ」と、居直ってみせた。「アンタが責任を取るわけはないだろう」とツッコミのひとつも入れたくなるような思い上がり発言にはあぜん。
 環境派住民が「ノー」を突きつけ、それが住民の多数派となれば、計画そのものを根本的に見直し、場合によっては中止の英断を下すというのが政治の本来のあり方ではないのか。何を勘違いしているのか。
 膨大な赤字国債を増やし続ける小渕“真空”政権に将来へのビジョンがあるとは思えず、選挙目当てのゼネコンバラまきの土建屋政治の延長でしかない。バカのひとつおぼえのごとく、景気回復には公共事業という時代認識に住民自身が「ノー」を突きつけているのに全然分かっていないようだ。
 住民投票の結果で譲歩したら神戸空港建設にも影響を与えるというのが為政者ならぬ偽政者の発想にあるともいわれるが、多数派住民の意思を無視して強引に進めて、果たして行政は成立するのか。
 吉野川可動堰だけでなく、神戸空港にしても新潟県巻町の原発建設にしても同じことだ。何十年前に決まったことだからと何が何でもゴリ押しに走るケ−スの背景には確実に利権やワイロが飛び交っているというのが、筆者の職業上の体験にもとづく認識である。
 こうした自自公政権の中核たる自民党の旧態依然の利益誘導型政治に終止符を打つには、住民投票で示された直接民主主義指向にもとづく住民や市民の政治意識の感覚を鋭敏にしていくしか方策はない。
 その意味では、自自公ファシズム路線は、逆に日本の民主主義にとって千載一遇のチャンスのはずなのである。