『東京スポーツ』
(2000年1月18日付)
今週のトークバトル
[本誌編集長の連載]

東京スポーツ   2000年の門出にあたって、たまには明るく希望のある話をしたい。「日本にカジノを作れ!」という話だ。この正月、僕はポルトガルから中国へ返還されたマカオを、取材を兼ねて訪問しカジノゲームにも興じてきた。マカオ訪問は十数回に及んでいるが、僕の場合、その目的は気分転換のためのカジノ行きである。
 マカオは、中国への返還が実現した後もカジノは存続することが決めている。それは宗主国ポルトガル自体の国力衰退や、特別な産業が育成されなかったマカオの経済を支えてきたのはカジノを目玉とした観光だったからだ。
 別名、東洋のラスベガスなどとも呼ばれ、マカオには10軒近いカジノがあるが、なぜか客のほとんどは香港人を中心としたチャイニーズ系の人々。リスボアホテルを中心としたマカオのカジノはラスベガスと違って、賭博場という努囲気が充満しきっている。しかも僕が知る限りディーラーのマナーは世界最悪!
 ディーラーが平然と鼻をかんだティッシュをじゅうたんの上に投げ捨てたかと思えば、客もタバコの吸い穀や紙コップを平然と投げ捨てる…。
 これには驚きを通り越してあきれ返るしかないが、ほかにもディーラーが控えのディーラーとおしゃべりをしまくったり、客からチップを強制的に取ったりと他国のカジノでは信じられない光景が日夜繰り広げられている。
 カジノ側が悪いのか、それとも客が悪いのか、その因果関係はよく分からないが、確実に言えることは、マカオのカジノはスタンレーホーが独占経営していることからくる弊害だということだ。その典型的なケースが、ブラックジャックの方式を根底から変えてしまったこと。
 ブラックジャックの基本的な勝負法は、カードの流れをどうつかむかにかかっている。ところが、マカオはブラックジャックの勝負が1回終了するごとに、シューターにカードを戻し、再び一から始める方式に切り換えてしまったのである。ブラックジャックというゲームのダイゴ味を取っ払って、単に丁半バクチにしてしまったのはア然、ボウ然だ。  しかし、それでもカジノが合法化されていない日本の客は「最悪」とは思いつつも、こんなカジノでも通いつめざるを得ない。アジアではほかに韓国やフィリピン、マレーシアでもカジノが行われているだけに、日本国内の闇カジノを嫌う日本人が落とす金は、かなりの額になっているはず。
 先進国から発展途上国までカジノのない国を探す方が難しいにもかかわらず、なぜ、日本にはカジノが認められないのか? パチンコから競馬、競輪、競艇、オートレースまで公認ギャンブルが存在するというのに…。
 国際化のためにサッ力ー育成にテコ入れしたことを考えれば、カジノも同様に国際化時代に向けて解禁すべきではないか!
 この解禁を妨げているのは、おそらく既得権益を持つ公認ギャンブル関係者と政治家や官僚の怠慢だろう。石原慎太郎都知事が、ようやく「お台場にカジノを!」という計画を打ち出したが、遅すぎたというべきだ。カジノは東京都の巨額な赤字を埋めるためにも、それなりの貢献を果たすことは確実。
 お台場だけではない。米軍による基地の依存経済から脱却しない限り、基地のない平和な島は夢物語に過ぎない沖縄にこそ、カジノはふさわしいかもしれない。
 あくまでも、僕が海外のカジノで目撃してきた範囲での推測ではあるが、日本人が海外のカジノで落とす金は確実に1兆円を超すはず。その収益があったら福祉の財源に充て、おまけに雇用の創出や観光の振興にも寄与できるはず。と同時に暴力団の資金源となっている闇カジノだって撤退せざるを得ないだろう。まさに万々歳ではないか!
 問題は、石原都知事の背後で早速動き始めた亀井静香代議士のような利権狙いグループの暗躍と暴力団の介入である。
 それさえクリアすれば、紳士のギャンブルのシンボル、カジノの日本開設は国際化時代にふさわしいものになるはずである。善は急げ!だ。