『内外タイムス』 |
「ようやってくれるわ」とホトホト嘆息せざるを得ないのが、神奈川県警の「出るわ、出るわ」の終わりなき悪事ラッシュである。世の悪事を取り締まるべき警察官がヤクザ顔負けのハレンチな恐喝事件を平然とやってのけるのだから、まさに世も末。しかも警察官の犯罪をキャリア官僚として選ばれたはずの、県警トップの座にある本部長自ら自己保身のためにモミ消しエ作まではかっていたのだから、何をかいわんや、である。こうした犯罪隠べい工作の全容が明るみに出ても、関係者9人とも全員が書類送検のみで事足れりとする神奈川県警のやり方に納得している国民は果たして何人いるのか。 神奈川県警の一連の不祥事を見ていれば、暴力団取り締まりのための暴力団対策法こそ、国家権力を背景にやりたい放題の無法を働いてきたワルの官憲集団に適用すべきという声があがっても不思議ではない。少なくとも暴力団の無法に対しては官憲の厳しい摘発の目が光っているが、官憲の側はやりたい放題というのでは、どこぞの発展途上国や軍事ファシズム国家と同じである。こんな集団に盗聴法やオウム新法といった憲法や民主主義の精神に抵触する法律を与えたら、まさに“ガイキチに刃物”状態である。世が世なら、クーデターか警察テロが頻発しても、さもありなんの状況ではないのか。 少なくとも神奈川県警にも警視庁にも一連の不祥事に対する根本的な解決をはかるべきという綱紀粛正への明確な姿勢はいささかも感じられない。ウミは徹底的に根絶し、国民に対しては真摯な情報公開で答えていくという方向性がいまだに見えない。9人の書類送検にしても、批判を回避するためにあえて新聞休刊日を狙ったり、性こりもなく恐喝事件においても逮捕後10日間は隠し続けたりと、反省も潔さもまったくゼロ状態なのだ。このままでは、あらしの通りすぎるのを待って再び何事もなかったかのように神奈川県警がしたり顔を始めるのも時間の間題だろう。古今東西の権力の歴史をみても、相織論からいってもその可能性は大ありなのだ。 だとすれぱ、国家の根幹をなす警察組織の腐敗に歯止めをかける方法がほかにあるのか。少なくとも警察官の悪事をチェックするための“警察CIA”ともいうべき監察官制度が無用の長物ならいざ知らず、身内の不祥事の隠べい工作にまで加担する実態下にあるのだ。そもそも警察の不祥事を警察で捜査することに無理がある以上、検察が捜査するのがとりあえずの筋だろう。しかし検察と警察はともすれば身内意識が働く捜査機関同士でもある。やはり限界は見えている。 つまり、現在の国家システムにおいては、神奈川県警のような無法集団が登場することなど想定していなかったのである。そうである以上、警察無責任体制の元凶というべきキャリア制度の見直しや警察法改正もやらないよりはマシだが、それこそ「警察悪事告発110番」でも設置して、市民による第3者的チェックをするか、もうひとつの「民主警察」でもつくるしかないという結論になる。 この国の世紀末的官僚組織の病理の根は思ったより深いようだ。 (隔週木曜日掲載) |