●編集日記 1999年10月分
10月某日 12月号(11月10日発売)の締切り作業で編集部は大わらわ。疲労と気候の影響からか風邪をひくスタッフが続出する。ホームぺージ制作で徹夜の続くバイト君はなぜか毎日鼻血を出す始末。そんな中、編集長はこの一週間連日連夜パーティの連続で、毎晩都内を駆け回った。まずは中村敦夫参 議院議員、保坂展人衆議院議員という二つの”政治家パーティ”。さらに民族派系では、故三島由紀夫の「楯の会」のメンバーで民族派系浪人だった阿部勉氏の告別式。朝日新聞で自殺を決行した「野村秋介を偲ぶ会」に出席し、さらに青山学院大学名誉教授にして弁護士であり、本誌弁護団団長でもある清水英夫氏の「喜寿を祝う会」を兼ねた「言論の自由はガラスの城か」(三省堂)の出版記念パーティに出席。さらにテレビ朝日「ザ・スクープ10周年パーティ」に出席しキャスターの鳥越俊太郎氏にお祝を述べたり、とまさにパーティラッシュ。そんな中で面白いエピソードを二つ紹介しよう。まずは保坂氏のパーティで。壇上には本誌でお馴染みの佐高信氏、田中康夫氏、そして吉永みち子氏の姿が。そこで突然編集長が佐高氏から挨拶の指名を受けた。編集長は壇上に上がり「僕は議会制民主主義幻想は持たない、だから選挙に行かない主義です」とあいさつを始めた。すると後ろに立っていた田中氏、すかさず「それじゃあ、(保守論客の)福田和也と同じじゃないか」と野次り会場は爆笑の渦と相成った。そこで編集長いささかも動せず、私の自宅は保坂氏の選挙区ということもあり、次期衆議院選挙は必ず投票に行って、保坂氏に投票する、彼がいないと国会は腐ってしまう。と決意表明したのである。 次に中村氏のパーティでは、梁石日とバッタリ。というのもかつて『噂の真相』の「とびら」で梁と田中優子(法大教授)の濡れ場イラストを掲載したことがあり、ちょっと気まずい関係。しかも掲載以来、この日が初めての対面だったのだ。だが編集長、そんなことはおくびにも出さず、サッと梁に握手を求めた。この時梁は一ヶ月の取材旅行でアメリカから帰ってきたばかりの時差ボケ状態で、それを狙った編集長の作戦だったのだが、見事成功。梁は快く(何事もなかったように)握手に応じてくれたのだ。これで手打ち、と編集長はしたり顔だった。ともあれパーティが多いとはいえ、締めきり作業の真只中だけにゆっくりと酒を呑んでいるわけにはいかない。パーティが終わると編集部にとんぼ帰りする毎夜だった。 10月某日 HP「最新情報」でもお伝えしたように、『噂の真相』10月号の一行情報の事実関係に対し元検事総長の吉永祐介氏から抗議があったが、これを受けて副編集長が乃木坂にある吉永氏の事務所に赴く。吉永といえば本誌が東京地検特捜部に起訴された当時の検事総長であり不倶戴天の敵とでもいうべき存在だ。副編集長は緊張の面持ちで向かったのだが、吉永氏は怒鳴るわけでもなくざっくばらんに話が進み、来月号でおわびを出すことで決着した。しかも抗議の話が終わった後も延々1時間半以上にわたって雑談で盛ったらしい(ちなみに吉永氏はべらんめえ調で喋る人物だった)。そのためか副編集長は編集部に帰ってくるなり、「会ってみると仲々物わかりのいい好々爺だった」と嬉しそうに報告し、編集長以下スタッフたちに顰蹙を買ったのだった。ちなみに副編集長は吉永氏との雑談の最後に調子にのり「なぜ『噂の真相』を起訴したんですか?」と核心に迫る質問。すると吉永氏は「オレだって起訴するなんて聞いてなかったよ。あんな程度の事件はオレのところに上がってこないんだ。オレだって起訴したって聞いてビックリしたんだから」とべらんめえ調で応えたらしい。本当かなあ〜。 10月某日 『噂の真相の真相2』でも登場した岡田嬢が取材に訪れる。岡田嬢はエロ本業界から転職し現在は月刊誌『サイゾー』の編集者なのだ。今回の取材主旨はこの欄でも紹介した”フジテレビ問題”。本誌編集長がフジテレビの深夜番組に出演依頼されていたのだが、その直前の『噂真』10月号でフジの目玉番組「愛する二人、別れる二人」のヤラセをスッ破抜いたため、番組出演が急遽キャンセルになった一件だ。編集長が対応し、深夜和やかな時間が流れた。が、しかし、岡田嬢が編集長の写真撮影を始めた途端、編集部はパニック状態に。何と岡田嬢が編集部の電話線が集中管理されているポイントを撮影しながら蹴飛ばしてしまい、一時編集部の全ての電話が使用不可能になってしまったのだ。その時、ちょうど電話中だった副編集長は事情も分からず突然電話が「プツン」と切れたため、思わず「盗聴だ!」と叫んだほどだった(笑)。時折しも締切り真只中、懸命に復旧 にあたったスタッフMのおかげで何とか短時間で回復、岡田嬢もホットして帰っていった。 10月某日 元『話の特集』編集長だった矢崎泰久氏から本誌岡留安則編集長あてにTELが。『週刊金曜日』で連載中の「話の特集』(企画・構成 矢崎泰久)が間もなく連載100回目を迎えるので特別企画として「買ってはいけない『週刊金曜日』」という座談会を岡留安則、田中康夫、矢崎泰久のメンバーでやりたいのだがどうだろうか、との話が持ち込まれた。岡留曰く、「それは面白い企画だけど、果たして『週刊金曜日』側に、そんな度量の広さがあるのか疑問だ。もちろん企画が通ったら協力します」。 ちなみにこの「話の特集」の連載ページは永六輔、岩城宏之、中山千夏、矢崎泰久、長新太、和田誠各氏らが寄稿している4ページの連載だ。 それから約二週間後、矢崎氏より再びTELがかかってきた。 「頑張ってみたけど、結局『金曜日』編集部に拒否された。編集委員の一人も”それは面白い企画だ”と賛同してくれたんだが…。松尾編集長の判断なのか、本多勝一氏の判断なのかどうかはよく分からない」とのこと。 もちろんこの企画は『週刊金曜日』発行の別冊ブックレット「買ってはいけない」を意識したもの。「買っては〜」は200万部に迫る勢いでベストセラーを記録しており、経営的にも余裕が出ているはずで、同誌に付きまとっていた以前のような”頑な偏狭さ”も薄れているのではないか、との一抹の期待はあったが、やはりこの期待は空振りに終わってしまった。 ちなみに『噂の真相』は特別増頁号で「『噂の真相』悪口集」とか「『噂の真相のここが嫌い」といった企画を恒例化しており、これまで誌面で批判してきた有名人や文化人に反論の機会を提供し続けている。メディアの相互批判、自己点検の精神を具体的に体現している『噂の真相』は、『週刊金曜日』に比べてジャーナリズムとは何かがよくわかっており、やっぱりエライ(笑)。 10月某日 本誌編集Mは、やっと遅い夏休みをとって、4度目の香港へ。マカオやシンセンにも足を伸ばしたが、シンセン野生動物園のサーカスとしか思えないスゴイのりにびっくり。香港ではブランド物には一瞥もくれず、相も変わらず香港明星三昧。最近夢中のサム・リ−や陳小春の生写真を買い漁り、久々の休日を満喫した様子。連日のように香港映画を見まくって、リフレッシュして帰国。 同じく編集M(男性)は、韓国へ初めての海外旅行。初めてなのにホテルの予約もとらない度胸にスタッフ一同感心する。しかも予算不足のため帰国便はソウルー釜山ー福岡ー羽田という驚くべきルート。普通だったら2時間で帰れるはずが、一日がかりとなったようだ。お土産は韓国ノリ。 10月某日 本誌記者Nは本日も出張。このN記者は『噂の真相』の中でも出張がダントツに多い。ところが、その出張慣れしたNに大惨事(?)が起こった。この日、まず福岡に飛んだ後、新幹線で大阪へ向かおうとしたところ、何と例の新幹線トンネルコンクリート落下事故に遭遇。博多、福岡駅は大パニックに陥っていたのだ。もちろん大阪取材を午後に控え、新幹線では間に合わない、と判断したNは福岡空港へ。ところが、ここもその余波から大勢の人でゴッタ返しており、大阪便の空席は夜の7時まで満席という状況だったのだ。これでは、取材は無理だと途方にくれたNであるが、粘り強くキャンセル待ちをすること数時間。やっと3時台の便を確保し、間一髪、大阪取材に間に合った。さて、このNの涙涙の努力の取材、次号でどう活かせれているのか、乞う御期待。 10月某日 第33回公判が開かれる。が、しかし、証人として予定されていた和久峻三元妻がビョ−キを理由に出廷を拒否したため、ものの20分で閉廷となる。この元妻は、本誌を告訴した告訴人の一人。にもかかわらず、出廷すらしない、という態度には呆れるばかりだ。本誌を告訴しておいて、法廷での”証言”という義務さえ果たさず、真実を語ろうとしない。出廷する覚悟さえもないのだったら、なぜ告訴などしたのか。弁護団も詐病ではないかとの疑惑を持ち怒り心頭。元夫の和久峻三の思惑からかもしれないが、この”逃げ”の姿勢には疑問が残る。結局裁判長はこの証人の出廷を取り消す。これで事件の真相に迫れるのか。最重要証人だというのに、である。 |