![]() 2月某日休刊に向けていよいよ3月10日発売の最終号1册を残すのみとなった「噂の真相」。編集部は最終号と休刊別冊「サヨナラ噂真」の編集作業で日増しに慌ただしさを増し始めている。そんな中、「噂真」創刊以来最も長い連載(24年!)の一人である、アラーキーこと荒木経惟氏がスタッフを引き連れて編集部を訪れた。実は別冊「サヨナラ噂真」(仮題)のトップグラビアとして、荒木サンに編集部を撮り下ろしてもらうことになったのだ。集合写真などほとんど撮ったことのない編集部だが、この日は撮影のために全員集合。意外なことに荒木さんが編集部を訪れるのはこれが初めてのこと。「意外にキレイだねえ〜」と感想をもらした荒木さんだが、雑誌や資料に埋もれた岡留編集長のデスクに対しては「おおっ、坂口安吾がいるぞ!」とビックリしていた。終始ハイテンションで撮影する荒木さんに、編集部一同「さすが!アラーキズムパワー!」と大感心。 撮影後は、岡留編集長、副編集長、歴代担当者とで、スキヤキ「伊吹」で空腹を満たした後、スナック「花車」でのカラオケとなった。ここでも、やはりハイテンションの荒木サン、みんなの歌に「声を張り上げ過ぎだ!」「歌詞を追うんじゃない!」と厳しい批評家的ツッコミに「これじゃカラオケ道場だ」と途中から合流した白夜書房の末井昭がつぶやく一幕も。「いつもは歌わないが、今日は記念すべき日だから」と荒木さんが独自の節回しで一曲披露するシーンも。さらに酔っ払ったのか、愛なのか、岡留編集長にキスを迫る一幕まであり、さすがの編集長もこれにはタジタジだった。実は荒木サンと編集長のつきあいは25年になるものの、こうした形でゆっくり飲むのは久しぶりのこと。いよいよ休刊が近づいてきたという感慨深い一夜となった。別冊のトップグラビアをお楽しみに!というわけである。そしてこの日、途中同席となったビレッジセンター中村満社長が荒木さんの「包茎亭日乗」の単行本化を進めていることも合わせて報告しておきたい。(04/2/13) |
2月某日3月号の締め切りの渦中の1月24日に、編集長が鹿児島の実家に緊急帰省した。昨年から入退院を繰り返していた父親が呼吸が乱れて少しヤバイかもしれないという母親からの連絡を受けてのものだった。編集長としてはとりあえず1泊して、看護疲れの母親を励ますつもりぐらいの気持ちだったが、帰省したその日の夜中、急性心不全、胸水肺水腫、慢性腎不全で帰らぬ人となった。87歳だった。翌日は帰京して締め切り作業に復帰するつもりだった編集長は、朝一番で借りてきたレンタカーや飛行機の予約をキャンセルして、長男として通夜と告別式に臨む事となった。あまりにも突然だったため、編集長がこの訃報を知らせたのは編集部の面々のみだった。編集長の実家は神前による儀式とのことで、いわゆる焼香の代わりに「2礼2拍1礼」でサカキを神前にとなえる方式だったという。告別式での遺族としてのお礼の挨拶や、火葬場での骨拾いまで長男としての役目を済ませた後、その日の夜には編集部に大急ぎで戻り、たまっていた入稿用の原稿への赤入れを淡々とこなしていた。親の死に目に会えない仕事と語っていた編集長が父親の臨終に立ち会えたというのは強運だったという他はない。「あと2冊で休刊というところで父は力尽きた、でも25年間『噂の真相』自体の臨終を間際まで見守ってくれたわけだからよしとしなければ……」というのが編集長の父の逝去に対する言葉少ない感想だった、合掌。(04/2/2) |
![]() 1月某日昨年末に発売され好調な売れ行きを見せている本誌別冊『日本のタブー』。本誌デスクKは偶然その好調ぶりを目の当たりにした。Kデスクが都内某所を歩いていると、「当店有力商品 100册突破!!」の文字とともに、『日本のタブー』が山積みになっているではないか。そこは都内の有名書店ではなく、世田谷の浜田山書房東松原店という小さい書店。山積みの『日本のタブー』を見たKデスクが思わずお店の人に「写真を撮ってもいいですか?」とお願いしたところ、快く了承してくれたという。さすが、『噂の真相』が25年間に渡り、日本のタブーといわれる天皇制、検察・警察、同和・在日、文壇・文化人、芸能界、広告スポンサー、北朝鮮「救う会」といったテーマにチャレンジしたスクープ記事を集大成した「永久秘蔵板」ともいえる別冊だけのことはある、とKデスクはあらためて『噂真』がこうした熱心な書店さんに支えられてきたことを再認識し、感心することしきりだったという。 ちなみに銀座の旭屋書店からも2月4日より『噂の真相』フェアを開きたいとの申し入れが入る。書店営業とは殆ど無縁できた『噂真』だが、ホントにありがたいことである。このフェアでは、書店側の申し入れで岡留編集長がキャッチコピーを書くことになっており、貴重なバックナンバーも売り出されるので、銀座方面の興味のある読者はぜひ足を運んでほしい。(04/1/19) |
![]() 1月某日本誌連載陣の1人で長野県知事でもある田中康夫氏が年末年始休暇を利用して人口膀胱をつくる大手術を受けた。1月中旬まで入院しているとのことだったので、本誌編集長とK副編集長が2人で長野市の市民病院まで新幹線で出向く。 田中氏は以前から膀胱に腫瘍が出来やすい体質ですでに2、3回の手術を受けているため、この際、思い切って人口膀胱にして、万全を期すという訳である。人口膀胱といっても小腸を利用して膀胱をつくるやり方で、性機能も大丈夫らしい(本人談)。 病院に着くと何だかピリピリしたフンイキ。聞けば、入院中の田中氏に対して右翼団体が街宣をかけているのだという。理由は日教組の大会で公共施設を会場として貸したことがいけない、ということらしい。 待合室にもSPらしき頑強な体の人物が待機していて、こちらをジロリとにらむ。田中氏は手術後とは思えないほど元気いっぱいでベッドに横たわり、時々ワープロのキーを叩きながら、約2時間、三人で雑談を交わす。雑談は当然のごとく、日本の政局。小泉総理じゃ、もはや日本の将来は絶望的だが、かといってそれに変わりうるリーダーや政党がいまいち迫力不足。結果的に小泉の延命を助けているのが現実。田中氏も3年後くらいには国政、もしくは東京都知事へのステップアップへの意志は十分と見た。 雑談の間にも、まだ取れないオムツを自分で取り替えにトイレに入ったり、看護士(女性)をからかってみたり、コーヒーやケーキを我々に出したり、実にエネルギッシュである。これほど公僕に相応しい人物が日本に2人といないことがかえすがえすも残念である。この日、「ペログリ日記」でもおなじみのW嬢もお見舞いに来る予定で、我々にも引き合わせてくれる予定だったそうだが、W嬢に急な仕事が入って、お流れになり、これだけはちょっぴり残念だった。なお、田中氏は1月15日に無事退院したことを報告しておきたい。(04/1/15) |
![]() 1月某日『実話GONナックルズ』の久田将義編集長がライターの本橋信宏氏と新人女性編集者Iとカメラマンを同行して、本誌編集部を訪問。本誌とは浅からぬ因縁のある本橋氏が休刊についての感慨を同誌で記事化するための取材というわけである。 本橋氏は本誌とのこれまでのつきあいの経緯を年表にして取材に臨むほどの意気込み。しかし岡留編集長に対する取材はもっぱら久田編集長を中心に展開され、本橋氏はそれをじっくり聞きながら追憶に浸っている感じ。何しろ、本橋氏のライターとしてのデビューは『噂真』の前身誌『マスコミ評論』賞への応募であったことを思えば、それもむべなるかなである。どんな本橋流文体に仕上がってくるのか、本誌編集長も楽しみだという。 取材終了後、編集部近くの中華居酒屋に移動し、軽く腹ごしらえ。その席で、久田編集長が左手薬指につけられた結婚リングを見せて「彼女と入籍したんですよ」との報告。即座に「じゃ、グラビアでやろう」と本誌編集長が速攻で提案。おそらく、近々発売の号で、久田編集長のお相手の顔が見られるかもしれない。 同行していた新人のI嬢はヒンニュー系ながらなかなか元気ハツラツのかわいい子。編集長のお気に入りに見えたが、「これ私のお父さんが書いた本です。よかったら読んで下さい」といって「右翼の林檎」(社会評論社)を渡される。I嬢の父親は犬塚彰という高校教師にして、編集長とほぼ同時代を同じように活動家として生きてきた戦友みたいなものであることがわかり、年月の重さを感じて、その後はやや引き気味となっていたという(笑)(04/1/15) |
![]() 1月某日小泉総理の対米追従のイラク戦争に反対する意見具申書を2回にわたって提出したものの、事なかれ主義に凝り固まった外務官僚の手によって握り潰されたことで、外務省を去る決意を固めた天木直人レバノン特命全権大使が編集室に新年のあいさつで訪問。退任のいきさつを綴った「さらば外務省」(講談社)は20万部のベストセラーとなったことは本誌でも既報の通り。 この天木氏の“解任”の動きを最初に取り上げたのが、『噂の真相』であった。そして天木氏に本を書いたらどうだろうかとすすめたのも実は本誌である。天木氏の告白はあらためて外務省の日米関係不可侵の「内部憲法」を持つ、信じ難き実態を告発し、大いに話題を呼んだことはいうまでもない。本を読んだ田中真紀子が、天木氏に衆院選の出馬を促したり、あちこちからTV出演や講演の依頼が殺到したことはいうまでもない。一躍、時の人となった天木氏だが、目下のところ、政治家や評論家への転身はまったく考えていないという。ただ、当分の間、講演の仕事だけは受ける予定だという。 いずれにせよ、天木氏の提言を無視した小泉総理がイラク派兵に踏み切ったことで日本はアメリカ同様に危険な国としての仲間入りを果たした。小泉総理と外務省は自衛隊員に死者が出たり、日本がテロの標的にされた時、キッチリと責任だけはとって欲しいものである。(04/1/15) |
![]() 12月某日 会社で仕事中の編集長あてに岩井志麻子、西原理恵子、中村うさぎといった面々が「今、食事中なので、これから私たちを接待しろ!」との電話が入る。以前に断ったことがあったので、、今回ばかりは行かねばならぬ、と悲愴な決意を固める。なにしろこの3人は『噂真』にとってはタテ続けにネタにさせてもらった面々である。いかなる罵倒や抗議にも耐え、ひたすら奉仕・接待しなければならない立場なのだ。とはいえ、しっかりとインスタントカメラをコンビニで購入して持参するところはさすが編集者魂!? 指定された呑み屋に編集長が出向くと、前述の3人組に加え『新潮45』のオバハン編集長・中瀬ゆかり嬢もいるではないか。ギャハハと覚悟を決めて「久々です」と乾杯した後、4人組の話を聞いていると、意外に真面目な人生談義。鴨ちゃんと離婚したばかりの西原嬢などは、あの漫画の作風からは想像もつかない、女っぽい!?表情と語り口で、少々涙目になっているではないか、ウーム。とはいえ、このグループがそれだけの話題で停滞する訳がない。話題は中村うさぎが「私はプチ整形でオッパイが萎んできたので、近々ホンモノの整形をやる」とか、岩井志麻子が「私の韓国人の恋人がホテル務めを辞めてスキーショップをやりたいので1千万円の開店資金を出して欲しい」とねだられ、「私、即答でOKしちゃった」と露悪的!?話題も次々飛び出す。ネタの宝庫にすっかり気をよくした編集長は4人組に誘われるままホストクラブにも行く羽目となる。そこではホストと共にホストがわりに4人組を接待する側に。岩井嬢は編集長の乳首をずーっといじっていた。ホストクラブに行っても、である。しかしこれで『噂真』がこれまでゴシップ記事を書いてきた罪滅ぼしができるのなら、お安い御用。酔いもあって勢いよくシャンペンを注文した西原嬢の分も含めて勘定は編集長が太っ腹で全額支払う。まあ、猛女4人組を相手にして飲む機会はそうあるまい、ということで、仕事をすっかりこなした気分の編集長はご満悦であった。次はくらたま(倉田真由美)、室井佑月あたりの罪ほろぼし接待か。ウーム。(03/12/27) |
![]() 10月某日「休刊まであと5冊!」という『噂の真相』11月号の校了開けの日曜日、本誌T記者の結婚披露宴がとり行われた。T記者は入社して10年ほどのベテランで、これまでもTBS乱交事件やSMAPの中居クンの妊娠中絶事件など主に芸能ものを中心にスクープを飛ばしてきた敏腕記者、誌面では「常田裕」である。特筆すべきは、今回の披露宴は25年に及ぶ『噂真』史上、初めての出来事でもあった事だ。というのも、過去、結婚したスタッフたちは親族だけという慎ましい結婚式や、内々の友人たちを集めたパーティなどを行っただけで、正式な”格調高い”披露宴を行った人間はいなかったのだ。だいたい社長兼編集長の岡留からしていまだ独身。『噂真』スタッフとしてはそれが編集長を刺激しない当然の途であった(笑)。今回はもうすぐ『噂真』も休刊であり、またT記者の父上が学校の校長先生だったという事情に加え、花嫁の強い要望での披露宴となった。この日、東中野の日本閣での最上階で行われた披露宴に本誌の全スタッフが出席し、T記者の門出を祝ったのはいうまでもない。岡留編集長の乾杯のスピーチ、S記者、 最年少I嬢もお祝いの言葉を贈り、またT記者の実弟が佐野元春の「サムデイ」を熱唱するなど、宴は大いに盛り上がった。最後は花嫁のご両親への挨拶、そして花嫁の涙と、『噂真』スタッフの結婚式とは思えぬ心あたたまる感動的な結婚式であった。2時間半ほどの披露宴の後、有志による二次会パーティが青山で行われ、業界関係者多数が駆け付け深夜まで大いに盛り上がった。ちなみにT記者夫妻は翌日、箱根の温泉というレトロな新婚旅行に出かけていった。キャバクラ遊びをやめて、遂に身を固めたT記者の残り5册の大スクープに期待しておきたい。(03/10/6) |
![]() 6月某日 入稿作業さなかの深夜3時過ぎ、編集部の電話が突然鳴った。「中村と申しますけれども…」電話の主は、なんと中村うさぎ。何でも、作家の岩井志麻子、漫画家の倉田真由美と歌舞伎町でカラオケをしてるから「岡留編集長もぜひ来てくれ!」との用件。しかし、あいにく岡留編集長はもう編集部を出て呑みに行っていた。そこで携帯に電話をしたのだが、こんな時に限って何度かけても岡留編集長の携帯は圏外か電源を切っているのかつながらない。一応、留守電にメッセージは残したものの連絡がつかない旨を伝えるために、I嬢がおわびにカラオケボックスに出向いた。 「すみません。『噂の真相』の者ですが、岡留の携帯がつながらなくて……。もし後で岡留が来たら、このカメラで写真を撮るように言って下さい」と、カメラを置いて帰ろうとしたところ、「あ〜あ、せっかく岡留に新愛人を紹介してやろうと思ったのに」と岩井志麻子が、軍歌を歌いながら、自身のセックスライフについてとうとうと語り始める。傍らには男性編集者を侍らせ、まるでホストクラブ状態!? 「で、あなたはオナニーは? 何でやるの?」と聞かれたI嬢が「いや、特に道具とかは……」とドギマギしていると、 「そりゃ指だよ、指!」と中村うさぎ。こんな歌舞伎町のカラオケなのに、パーティ帰りみたいなかわいいワンピースに身を包んだ中村うさぎに、I嬢がさすがと感心したのも束の間。テーブルの上に落ちていた毛を指して「これは私の陰毛だ!!」と騒ぎ出す。そして、そんな異様な雰囲気の中、ひとり爽やかにマイペースでビージーズとかを歌う、くらたま嬢。 結局カラオケボックスを出る頃には外はもう明るくなっていた。おもしろい一夜だったとはいえ数時間後には出勤しなければならないことに気付き、「岡留さん、きっとキャバ嬢とデートでもしてたんだな」とI嬢は勝手に決めつけ岡留編集長を恨めしく思ったのだった。 その編集長曰く「いや、その時間帯は新宿ゴールデン街にいて朝7時頃まで呑んでたよ。店によっては電波状態が悪いところもあり、酔って気付かなかったのかもしれない。これじゃ3人組にビビって遁走したといわれるかな。また今度誘って下さい。可能な限りいつでも参上しますと伝えといて」。I嬢の苦労も知らず、何ともノーテンキな編集長である。(03/07/02) |
6月某日 警視庁が口封じのために告発者を逮捕したという、一連の武富士元幹部逮捕劇。その元幹部とつながりのあったジャーナリストの山岡俊介氏の電話が、武富士側に雇われた探偵社に盗聴されていたことまで発覚した。その問題の盗聴テープに、本誌スタッフとおぼしき声が入っているというので、警視庁捜査2課から参考人の要請があり、スタッフYが向かうことになった。 事情聴取と調書作成は、右翼襲撃事件に次いで2度目とはいえ、あまり慣れるものではない。しかも今回は、警視庁まで出向いてほしいという。 「土日でもいいのでなるべく早く来て欲しい」とのことで、Yは休日の夕方に子連れで向かった。待っていたのは見るからに屈強な二人の刑事諸氏。自販機で飲み物を買ってもらった後、通されたのは窓もなく、分厚い白い壁に囲まれた取調べ室だった。屈強な男たちに囲まれ、3畳あるかないかの圧迫感のあるこんな部屋だったら、罪を犯していなくても閉所恐怖症や繊細な人間ならすぐに、「許してください!」と言ってしまうだろうなあ、と思うことしきり。 刑事によると、盗聴の証拠物件は100人分くらいあるという。Yの場合、ゲラ原稿の事実確認を留守番電話に吹き込んだという全くの事務伝達だったのだが、社名と苗字をはっきり名乗っていたから、参考人として十分足りえる、となってしまったのだという。 狭い室内に屈強な男たちが苦虫を噛み潰したような顔でテーブルに付き、リピートされるのは「噂の真相のYです〜。あのですね〜、○○の原稿の件でおうかがいしたいことがあってご連絡したんですけど〜。またご連絡しま〜す……」という、原稿入稿の激務によると思われる、淀みまくったYの声。結局Yは、20秒程度の留守電のために、調書作成のため「白い部屋」で、入社動機から業務内容まで2時間ほど事情聴取されたのであった。 後日、調書が出来上がったというので再度桜田門に向かったY。予定時間は通常の勤務時間外であったため、入り口付近の機動隊員に入り口を聞いて確認し、庁内に入ろうとしたところ、一人の機動隊員にものすごい勢いで立ちふさがれた。「どこに行くんですかっ!!」「あのー、捜査2課に……」「呼び出しですかっ!!」暑さのためか、目を血走らせ詰め寄る中年の機動隊員。とっさに肩をいからせたその態度は、体躯の大きい者が、小さい者に対する威嚇そのものの行為に思えた。そのあまりの猛烈な態度に恐怖と怒りを覚えたYは、思わず「捜査の協力に来たんですが。犯罪者扱いしてませんか?」と抗議をする。 「捜査2課の誰ですかっ!!」と相変わらず恫喝調子の機動隊員。刑事の名前を告げると、その機動隊員は今度は「じゃあ行って下さい」とアゴで庁内の受付を示すという、とんでもなく横柄な態度を取ったのだった。唖然としたYが「すみませんけど、お名前うかがってもいいですか?」と聞いたところ、「何で名前言わなくちゃいけないんですか!!」と逆ギレされる。Yはあまりにも頭に来たので、その場で携帯で捜査2課に電話し、担当刑事たちを自分のいる場所まで呼び出した。刑事たちが迎えにやってきても、その機動隊員は、そんな刑事たちにさえ、木で鼻をくくったような態度をとっていた。刑事は「いやー、機動隊の人はあんな人が多くてね……」とYに平謝り。 その日は調書を完成させるのに小一時間かかった。その後、捜査協力費のでっち上げという、警察の裏金作りをすっぱ抜いたライターの寺澤有氏にこの話をしたYは、寺澤氏に「日当もらってないの?ダメじゃん!」と言われてしまった。2日間も桜田門まで自費で通い、日当をもらうどころか“門番”の機動隊員に怒鳴られるとは……。さらに機動隊員の横柄さに恨みを抱いたYであった。(03/6/23) |
6月某日 本誌スタッフI嬢は、新宿の某書店で買物を済ませ編集部に戻ろうと、店を出たところ目深に帽子を被った男とすれ違った。「あっ○○作家の××△△△だ!!」××好きのI嬢は「××△△△がどんな本を買うのか知りたい」と、編集部に仕事が残っているにもかかわらず本屋さんにUターンして個人的に××の尾行を開始。ところが××の目的は本を買うことではなかったようだ。本屋の前で女性と待ち合わせをしていたのである。「デ、デートだ!!!」何しろ××は恐妻家としても知られている。となるとこれは紛れもない不倫デート。さっそくI嬢は編集部に連絡を取り、友人との約束までキャンセルし、執念の尾行を続けた。 数時間経過したところで後から到着したスタッフと交代。編集部での仕事も終えたI嬢は先程キャンセルした友人と合流すべく、西麻布に向った。 「さっきはゴメンネ。急な張込みが……」などと言い訳しながら乾杯したI嬢。ところが、次の瞬間I嬢は再び目が点になった。なんと同じ店でモデル風美女と楽しそうにお酒を飲んでいるのはお笑いコンビ××○○○の××ではないか!!すぐさま席を立ち携帯電話を片手にトイレに入り、「××の××が女といるからこっちにもカメラ持ってきて!」と新宿で先ほどの張込みを続けていたスタッフ達に連絡。ダブルでの張り込み体制に。結局T記者と二人で朝まで張り込むことになってしまった。しかも新宿で張り込み中に車が故障してしまったため、立ち張りで……。 でも、一晩でグラビア2枚も稼ぐなんてI嬢はラッキーガール!!! さて××△△△と××の××とは一体誰なのか、は来月号のグラビアをお楽しみに!(03/6/22) |
![]() 5月某日 本誌連載「包茎亭日乗」でもおなじみ、アラーキーこと荒木経惟の出版記念パーティが原宿gagaのレストランにて開かれた。今回出版される「ARAKI by ARAKI」(講談社インターナショナル刊)は40年に渡る荒木氏の全写真の中から、荒木氏自身が2002点を選んだ完全保存版ともいえる作品集で、日本のみならず全世界で発売される。いわばアラーキズムの全世界的展開というわけである。 そしてパーティの開かれた5月25日は、荒木氏の63歳の誕生日でもあったのだが、来年4月号で休刊することになっている本誌にとっては、最後の誕生日ということになる。というわけで、岡留編集長、K副編集長、担当のI嬢が花束を片手に揃って、パーティに出席した。パーティ会場には200人程の出席者が所狭しとごった返す盛況ぶりで、中には宮台真司や末井昭、神蔵美子などの顔も。 出版記念パーティといっても、エンターテイナー・アラーキーのこと、お決まりの挨拶に立食&歓談という、一般的なパーティとは、一味も二味も違う。先日CDデビューをはたしたばかりの、なめだるま親方率いる「ペーソス」のライヴに始まり、作家・町田康による朗読、荒木氏の写真をスライドで見せる“アラキネマ”など様々なパフォーマンスが繰り広げられた。 中でも、岡留編集長が身を乗り出したのは、「包茎亭日乗」にも度々登場しているダンサーのKaori嬢による、ダンス。衣装を一枚、一枚脱ぎ、最後は全裸。Kaori嬢が熱烈にダンスを披露するのも、むろん荒木氏のパーティだからこそだ。さらに、その姿を荒木氏がポラロイドで撮影するのだから、荒木氏の生の撮影シーンまで見られるという、サービス満点のショーだった。しかも、最後にはその生ポラが先着30名位にプレゼントされた。締めきり中の身であるため途中でパーティ会場を後にしたK副編集長とI嬢を尻目に、岡留編集長は知り合いの「週刊大衆」A編集長とI副編集長にねだって生ポラを3枚もゲットし、ご満悦で締めきり真っ最中の編集部に戻ってきたのだった。 誕生日ということでバースデーケーキが登場する一幕もあったのだが、63歳を迎えたとは思えない荒木氏のありあまるエネルギーに、岡留編集長も一足早く引退するヒケ目もあってか、「サスガ!」と関心することしきりだったという。(03/05/26) |
![]() 5月某日 本誌2月号の特集でも取り上げた人気AV男優の加藤鷹。特集内でも紹介した、彼の著書『しあわせなH、ふしあわせなH』(河出書房新社刊)のサイン会が7日、新宿のルミネ1内の青山ブックセンターで行なわれた。 開始前の青山ブックセンター周辺は、女性は勿論、男性の姿も目立っていて、「カリスマ…」「鷹兄貴…」なんて声もちらほら(ひょっとして関係者!?)。ちなみに男性トイレでは、「鷹さんに失礼が無いように手を洗うのが当然じゃん!!」と、気合い入りまくりの若者二人組が一生懸命手を洗っていたという(笑)。午後7時のスタート前には100名近い人だかりができていた。実際にサインしてもらっていたのは男女半々くらい。しかし、周囲の野次馬は圧倒的に女性が多かった。どうやら「生加藤鷹」に興味津々なのは、やっぱりというか、女性の方なのだ(笑)。 サービス精神旺盛なカリスマ男優は、期待を裏切らず希望者に対しては抱擁サービスまでしていた。AV女優のアイドル化時代はあったが、いまやAV男優までがスターになる時代。世の中変わった!?(03/05/12) |
4月某日最近、メディアにしきりに取りあげられる新宿ゴールデン街の、老舗の文壇バー「ナベサン」の店主・渡辺英綱氏が食道ガンのために死去。渡辺氏は元「週刊読書人」の編集者でバーを開業してからも「新宿ゴールデン街」の著作を出したり、歌人、歌謡曲論なども手掛けていた。客の多くは出版社の編集者、ライター、作家などの業界人が多く、故・中上健次も常連客の一人だった。葬儀は歌人の福島泰樹が取り仕切って行なわれた。新宿ゴールデン街の老舗文壇バーといえば「まえだ」が有名だったが、この店のママ・前田孝江サンも食道ガンだったのは単なる偶然だったのか。新宿ゴールデン街の名物バーがまた消えた。合掌しておきたい。(03/4/30) |
1月某日 スタッフから「携帯をトイレに落としてデータが消失した」などと聞くと、「バカじゃないか」といってきた張本人の岡留編集長が1月17日(金)の朝方、つまり土曜日の午前5時頃、新宿ゴールデン街某店のトイレに携帯を落として全データ紛失という憂き目にあった。その日の午後は大学時代の同級生の娘さんの結婚式が晴海のホテルで開かれたのでそれに出席しなければならなかったため、ドコモショップの営業時間帯に店まで行くヒマがなく、結局、新機種を手にしたのは日曜日の夕方。1日半の空白となったわけだが、ちょうど週末だったため、仕事上のさしさわりは最小限にとどまったものの、700件と満杯になっていた電話やメールのアドレスは完全消滅し、途方にくれている。このページを見て、編集長とメールをやっていた人、携帯を教えられていた関係者はぜひ連絡してやって欲しい。それにしてもバックアップもとっていない編集長にスタッフも「バカじゃないの」と囁きあっている今日この頃である。(03/1/22) |
1月某日 編集長の知人でもあった安原顕氏が逝去した日の新聞でも報道されていたが、これまた編集長の知人でもある作家の打海文三氏が「ハルピン・カフェ」(角川書店)で第5回大薮春彦賞を受賞する事が決定した。編集長にとっては同じ日に不幸と喜びが同時にやってきたことになる。安原氏は本誌1月号(2003年)で「末期の肺癌で余命を宣告されたヤスケンこと安原顕の最後の遺言」として記事でも紹介された通り。告別式は26日午前11時より台東区上野公園14ー5寛永寺論王殿。合掌。 一方、打海氏の受賞が決定した夜は、打海氏のビンボー作家暮しを経済的にもサポートしてきたW氏や角川書店、徳間書店の編集者らと六本木のキャバクラで前祝い。席についたキャバ嬢たちが大薮春彦の名前を誰も知らなかったのはご愛嬌だったが、「蘇る金狼」とか映画化された作品名をあげると、何人かは理解できた様子。文壇バーならともかく、キャバ嬢に知性を求めるな!という教訓か(笑)。その後、キャバ嬢も含めて10人ほどで六本木の有名オカマバーに流れて、そこでもシャンパンで乾杯!宴は朝5時すぎまで続いた。打海氏は前々からかなりの力量を持った作家ではあったが、今回の受賞をきっかけに、作家としてより一層の飛躍に期待しておきたい。(03/1/22) |
![]() 1月某日 岡留編集長が講演を行なった。岡留編集長はパネルディスカッションなどに参加することはあるものの、もう十年以上講演は原則として断っているはずだ。これは貴重な機会だと、知人に誘われたスタッフI嬢は編集長の講演会をコッソリ覗きに行くことにした。 この講演会は、出版ネッツという、出版労連の中のフリーランサーのグループが主催したもの。普段は講演会を断っている編集長が、今回は特別に引き受けたのも、出版業界を底辺で支えるフリーランスの人たちに向けての講演会だったからという。会場にはフリーのライターだけでなく、中には岩波書店や講談社、共同通信などの社員の姿もあった。 コッソリ潜入したつもりのI嬢だったが、出席者は40人ほどだったため、会場に入って早々に編集長に発見されてしまう。I嬢を発見した編集長は「締め切り中なのにこんなところで、何やってるんだ!?」と、トレードマークのサングラスを思わず落とさんばかりにビックッリした様子。 肝心の講演の方だが、まず編集長が、皇室ポルノ事件など創刊当時のエピソードから、個人情報保護法などの最近のメディア規制事情、そして休刊宣言に至った心境まで、いわば「噂の真相」の歴史を語った。久々の講演会だったせいか最初はやや緊張気味に見えた編集長だったが、次第に調子に乗ってきたようで、老眼で最近は本文8ポの文字が読みづらいことを明かし、この日引退を発表した横綱貴乃花になぞらえ「休刊は体力の限界!」と言って会場の笑いを誘う一幕も。その後は、司会を務めた出版ネッツ委員長の安齋徹雄氏、フリーランス記者の長岡義幸氏によるインタビュー形式で進められた。北朝鮮問題に対するスタンス、ホンカツ問題など、かなり突っ込んだ質問が次々と浴びせられたが、時にはギャグも交えながら応じる岡留編集長の姿に、I嬢も「さすが、編集長!」と感心することしきり。おまけに編集長の講演姿もバッチリ撮影して、編集部に戻ってきたため、さっそく「じゃ、ホームページに書け!」と指示され、I嬢の〆切り作業はさらに遅延することに。〆切りを抜けて来たI嬢だけに、これも自業自得か(笑)。(03/01/22) |
1月某日 新年早々の1月14日午後1時30分、「和久・西川名誉毀損刑事裁判」の控訴審初公判が行なわれた(裁判長・山田利夫)。まずは被告の岡留編集長、Kデスクが裁判長の前に呼ばれ、名前、生年月日、本籍などの確認が行なわれ、続いて弁護団による控訴趣意書要旨の朗読がなされた。筆頭は清水英夫弁護団長が地裁の不当判決に対し正面から批判し、続いて弘中惇一郎弁護士が第一審判決の解釈の不当さや公訴自体の異常性などを主張、約一時間程度の要旨朗読だったが、対し検察側(検察官・林菜つみ)の答弁書はものの数秒で終わる内容。しかもこの答弁書、当初はもっと早く提出されるべきもののはずだが、実際弁護側が手にしたのは、開廷直前というお粗末ぶりだった。検察官が如何にいい加減かの証明と断じていいだろう。そしてそれに続いて弁護側が申請した、和久の4番目、5番目の妻、また三井環元大阪高検公安部長、そして当時の東京地検特捜部長だった宗像紀夫(恣意的起訴の仕掛人)といった証人は全て却下というものだった。もちろん被告人である編集長やKデスクの証言も申請していたが、これも認められないという門前払いのような官僚的な訴訟指揮と裁判方針だった。そして一切の審理をすることなく、いきなり3月18日午前10時より、控訴審の判決が言い渡されることになったのだ。一切の審理もなく、余りに早い結審だけに岡留編集長も唖然呆然。ともあれ、予想される判決は3つ。控訴棄却(地裁判決通り)、破棄差し戻し(もう一度地裁で審理やり直し)、または控訴審裁判長が地裁判決を破棄して自ら判決を言い渡す破棄自判のいずれかだという。あとはその判決の瞬間を待つしかない、という状況になった。傍聴席には本誌関係者や『噂真』読者が多数駆けつけていたことも報告しておきたい。(03/1/14) |
12月某日 2002年12月28日の仕事納めの日、スタッフ全員参加の大掃除の後、恒例の忘年会が行われたので報告したい。1次会は恒例の中華料理レストランで、スタッフが円卓を囲み、岡留編集長をはじめ、全員が翌年に向けての抱負を語るなど、少々格式張った宴会だったが、2次会の居酒屋Tに席を移し、バイトスタッフや関係者が合流するや無礼講の宴たけなわに。1昨年亡くなった本誌経理の松田氏の未亡人が参加し、思い出話に花を咲かせ、またもや“本誌バイト嬢・成宮と別れたはずの”宮台真司氏が乱入したり、某広告代理店や他の出版社の社員や週刊誌記者も飛び入り参加。評論家の鎌田哲哉氏の顔もあった。1年の憂さを晴すには相応しい(?)朝6時までのハチャメチャ宴席となった。その日の午後、本誌編集長は例によって成田空港に向い、海外脱出を敢行したことはいうまでもない。(03/1/8) |
12月某日 これなくしては年を越せないと、本誌編集長は恒例の年末「ザ・ニュースペーパー」観劇のため、ひとりで池袋の東京芸術劇場に出向く。既にご存知の読者も多いかもしれないが、この劇団は永田町の出来事や社会事件、皇室の動きなどを風刺コメントで見せるグループだ。いわば『噂の真相』の劇場版ともいえるつくりになっている。いわゆる劇場におけるタブーなきコント劇である。時事的な北朝鮮金正日ネタからわが国の小泉総理、党首降番となった鳩山由紀夫までが登場し、詰め掛けたファンも満足の表情だった。次回の東京公演は新宿シアターアプルで3月の予定である。本誌読者にはお薦めの劇団だ、と本誌編集長は力説しているが、本誌休刊後はプロデューサーでもやるつもりなのか、その意気込みにスタッフは少々シラケぎみの印象だった。(02/12/27) ![]() |
12月某日 年末進行まっ盛りの本誌編集部に、なんとあの「右翼襲撃」事件以来の大惨事が起こった。8日の日曜日の、午後9時頃のこと。誰もいない編集部に戻ってきたT記者が、電気をつけようとしたところ反応がない。「あれ、停電かな?」と思いながら足を踏み入れると……。「びたっ」。なんと床が水浸し。T記者のくるぶしまでずぶぬれになるほどだった。早速スタッフが召集され、夜を挺しての床掃除となったのである。この「水害」、洗面所の手洗いの排水溝に隣に置いてあったティッシュがなぜか入ってつまり、そこに蛇口を締切っていなかったため水が溢れてしまった、というのが真相だった。電気がつかなかったのは、水漏れしてきた編集部の下の階からの連絡で、ビルの管理会社が元栓と漏電防止のため電源を切ったからだった。その上、悪いことは重なると言うべきか。翌日の東京は数年ぶりの大雪で、窓を開けることも困難な状況となった。しかしさすが噂真スタッフたちというべきか(笑)、一致団結し、乾燥させるためエアコンをガンガンきかせて、床の掃除や濡れてしまった書類の片付けをしたのであった。また、今回の事件の“主犯”と思われるK副編集長は、多大な迷惑をかけてしまった下の階の託児所、日焼けサロン、飲食店などにお詫び行脚。しかし、幸いにも会社でかけていた保険が下りるとのことで、迷惑をかけた店鋪に休業保障までキチンとやれることになり、無事一件落着となった。まさに「師走」の意味を表すかのようなトラブルであったが、「まあ、少し早めに大掃除ができたと思えば!」と、故・齋藤澪奈子女史のような超ポジティブシンキングで乗り切った本誌編集部一同であった。(02/12/27) |
![]() 11月某日 本誌でも何かとお馴染みのあの「出版界の悪徳プロデューサー」にしてお騒がせのモッツ出版の高須基仁氏が、全日空ホテルにてパーティを開催した。このパーティの主旨は、モッツ出版の創立10周年と、高須氏の初小説集『散骨』(光文社刊)の出版記念を兼ねた、もの。会場には様々な芸能プロダクションやマスコミなど各界から大量の花が届いており、テレビクルーもいたほどで、高須氏の行動範囲の広さがうかがえた。高須氏といえば、昭和の見世物小屋のような怪しい面々との交際で有名。それゆえやはりというか、会場に集まったのは野村克也・沙知代夫妻に始まり、三浦和義・良枝夫妻、ゴージャス松野・田代純子夫妻、康芳夫、鈴木邦男、愛甲猛、須藤甚一郎、金沢京子(橋本龍太郎の一夜妻)ら、遠洋漁船の底に溜まった機械油のようにドロッとした現代の”吹きだまり”「怪人」たちが勢揃いしていた。とはいえこうした面々の仕掛人でもある高須氏も十分そんな「怪人」の一人なわけで、「(出版元である)光文社からは花が届かなかったんだよな」と怒ってみたと思えば、昨年いい年をして(苦笑)派手な喧嘩をしてみせたロフトプラスワンの平野悠代表とニコニコしながら抱き合ってみたりと、この日も終始ハイテンションであった。最後は実の母親と、昨年再婚した芸能レポーターの妻・横田砂選と並び、マスコミに写真を撮らせていた高須氏。こういった強烈な自己アピール性が、いい意味でも悪い意味でもポテンシャルが高い高須基仁という人物そのものを体現している、ということかもしれない。(02/11/06) |
10月某日 編集長お気に入りの劇団「ザ・ニュースペーパー」から独立した松崎菊也、すわ親治、松元ヒロ、石倉直樹の4人組による「他言無用プロジェクト」が永田町の社会文化会館で行われた。当初、編集長が鑑賞する予定だったが急用のためデスクKが代理鑑賞。ニュース・ペーパー時代と変わらぬ、面白カゲキな時事ネタを披露した。今回の講演、場所が永田町の社民党内のホールということもあり、周囲には街宣車も旋回しており、少々ピリピリムードの中での公演(笑)。とはいえ、会場である社民党本部内で開催されたにもかかわらず、田島陽子議員の離党問題から北朝鮮拉致問題など、話題のネタで会場を湧かせていた。もちろん『ザ・ニュースペーパー』恒例の”さる高貴な家族”の物語りも街宣車には関係なく(!)披露された。この4人、このプロジェクト以外はそれぞれ別個に独立して活動しているが、今後の”個人”のますますの活躍が期待される。そして願わくば、この4人組が「ザ・ニュースペーパー」にゲスト出演で合流した総決起芝居も見てみたい。(02/10/18) |
![]() 10月某日 本誌連載でおなじみの斎藤美奈子さんが『文章読本さん江』で第一回小林秀雄賞を受賞したので、担当Mが受賞式の行われた東京全日空ホテルに駆け付けた。同時受賞は橋本治の『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』。また同じく新設された新潮ドキュメント賞にはNHK社員の高木徹の『ドキュメント戦争広告代理店』が選ばれている。 新潮社からの佐藤隆信のあいさつに始まり、選考委員を代表して小林賞からは養老孟司の選評、そして新潮ドキュメント賞からは、体調不良のため欠席した柳美里に代わり、櫻井よしこが「柳さんのような面白いスピーチはできませんが……」と始め、やんわりとNHKの報道姿勢を批判する一幕もあった。 第一回ということもあるのか、受賞者のキャラゆえか、斎藤美奈子、橋本治の両氏もリラックスした表情でスピーチを披露していた。 会場を見回すと、第一回ということで、やはり主催の新潮社社員がかなり動員されているようだ。また他にも野坂昭如に島森路子、関川夏央、プチ整形が完成間近の中村うさぎなどの顔も見える。しかし一方で、評論の新設賞に来るのかどうかと注目されていた福田和也や坪内祐三といった文芸評論家は来ていなかったようだ。 そもそもこの小林秀雄賞は、候補作もまったく公表されず、ゆえに選考過程もいっさい秘密という風変わりな賞である。落選した場合に主催者が評論家から恨まれることなく済ませるためではないかというのがもっぱらの見方。いったい、他にどういう候補作があがっていたのか気になるところだが、判明した際には改めて誌面でお伝えするつもりである。 また、当の斎藤さんはというと、「こういう派手なのは最初で最後でしょう」と、控えめに済ませたい様子がありありで、2次会もごくごく限られた関係者のみで行われた。本誌としては、人気好評連載につき斎藤さんには今後ともマイペースでがんばってほしい、とお祝いを述べておきたい。(02/10/7) |
10月某日 本誌7月号「芸能界に流行している注射や服用によるプチ整形」を担当したスタッフYだが、実は本人もプラセンタ(胎盤エキス)注射治療を受けている。もっともYの場合、現在のように若返り用として流行する以前から、体質改善の一環として、保険治療の範囲内で受けていたのであるが。そんなYが、そんなかかりつけの医院で治療を受けていたときのこと。診察室のカーテンの向こう側で、どこかで聞き覚えのある若い女性の声がした。「最近疲れてるのぉ〜」「ありがと、センセ・」 ちょっと鼻にかかったアニメ声の持ち主は、なかなか巧みな話術で周囲の看護婦たちを和ませている。カーテンの隙間から見えたスラリとした女性、なんと神田うのではないか! 神田うのといえばエステのイメージキャラクターを務めていたほどの完璧ボディの持ち主。その上美容界の大御所である山野愛子グループの御曹子と婚約中というのだから、さぞや連日高級エステだの高級ネイルサロンだのに通っているものと思いきや、普通に評判のいい、庶民的な医院にたった一人でやってきて、プラセンタ注射を受けているようなのである。さすが、美の探究者というべきか。とはいってもさすがにVIP扱いらしく、帰りは人目を避けて病院の裏口から出てきたのだった(有名人はツライ!)。「神田うのも結構ガンバッているんだ」と、なぜか直接取材を忘れてホノボノしてしまったYであった。(02/10/1) |
![]() 8月某日 本誌9月号コラムでも既報の通り、テレビ朝日の報道番組「ザ・スクープ」が9月いっぱいで打ち切られる−−。13年にわたって調査報道を続けてきたこの番組の存続を求める有志が8月24日、市ケ谷・自動車会館でシンポジウムを開催した。この「緊急シンポジウム テレビ番組は誰のものか?−テレビ朝日『ザ・スクープ』打ち切りを問う−」と題されたシンポジウムのパネリストには、メディア関係者のほか、「スクープ」が埼玉県警の捜査ミスを明らかにした桶川ストーカー殺人事件の被害者の父親、猪野憲一氏も出席した。猪野氏は興味本位のマスコミ被害のなかで「ザ・スクープ」のキャスターである鳥越俊太郎氏を信頼した経緯を話し、「ザ・スクープ」の必要性を訴えた。ほかにもフジテレビ社員で「報道2001」のキャスター・黒岩祐治氏も駆け付け、視聴率至上主義で切り捨てられる危惧とともに番組の必要性をスピーチした。会場には多くの視聴者も詰め掛けた。打ち切りの最大の理由が三井元公安部長の調活費スキャンダル封じこめ逮捕を番組で取り上げたことで、社の上層部がビビったのではないか、と一部で囁かれていただけに、権力の圧力をはねつける報道の存続を求める声はいっそう強くなりそうだ。 なおテレビ朝日報道番組「ザ・スクープ」存続を求める会の発起人は以下のとおり。「猪野憲一、岩上安身(ノンフィクション作家)、小川和久(軍事問題評論家)、川人博(弁護士)、紀藤正樹(弁護士)、三枝成彰(音楽家)、田島泰彦(上智大学教授)、谷美智士(谷クリニック院長、中村悟郎(岐阜大学教授)、原寿雄(元共同通信記者)、藤田勤也(弁護士)、牧野義司(ロイター通信日本語ニュースサービス編集長)、元木昌彦」(02/8/26) |
7月某日 うだるような暑さが続き、編集部の人間も軒並みダウン気味の中、ひとり異常にハイテンションなのが編集部員M女史である。かねてより香港映画フリークなのだが、なんと、念願かなって憧れの香港スターサム・リーへのインタビューを大胆にも敢行したのである。今回、映画「ピンポン」の舞台挨拶で来日中のサムをマークし、直撃取材したのだ。 「ピンポン」は松本大洋の漫画を曽利文彦監督が映画化した卓球映画。今話題の窪塚洋介主演に加え、各所に駆使されたCG映像も見どころなのだそうである。 さて、インタビューも無事終え、明日の舞台挨拶の件を確認したところ、「実はマスコミリストを窪塚洋介さんの事務所に見せるので、おそらく『噂の真相』さんは断られると思うんです」と、一度OKをもらっていたものが、NGに!! やはり叶恭子との熱愛報道に窪塚サイドがかなりナーバスになっているということか。 結局、翌日の舞台挨拶では何と共演者の夏木マリから「最近、おいたしちゃった子がいるんだけど」とマスコミならぬ身内から“口撃”される一幕もあったが、結果的にガス抜きになったようで大勢のファンがつめかけ、盛況のうちに終わった。 M女史がひとり力説するには、とにかくなかなか楽しめる映画なので、まだ見ていない読者の方には本誌からもお薦めの一本とのことである。「ピンポン」の話題を中心に「噂真」らしからぬミーハーな質問も満載のインタビューを読みたい方はこちらをクリックして笑ってやってください。(2002/7/22) インタビューはここをクリック! |
![]() 7月某日 先月急逝したナンシー関の「スタンプ葬」が広尾の有栖川スタジオにて行なわれた。600人の読者が献花に訪れた会場には御遺族をはじめ、200人近くの人々がかけつけた。会場には祭壇が設けられ、ナンシー関の写真とスタンプの自画像が飾られている。また会場にはムーンライダーズの鈴木慶一がこの日のために選曲したという曲が静かに流されていた。 ざっと見渡しただけでも、スタッフを務めるいとうせいこうや松尾貴史、町山広美をはじめ、高橋春男、高田文夫、内田春菊一家、山田五郎、渡辺和博、みうらじゅん、泉麻人、えのきどいちろう、清水ミチコ、香山リカなど生前のナンシーさんの交流が伺える顔ぶれが見える。意外なところでは日本テレビの「電波少年」土屋プロデューサーなどの顔も見えた。また、サエキケンゾウやスチャダラパーのBOSE、野宮真貴などミュージシャンも多数訪れていた。 献花のあと、御遺族のあいさつに続き、押切伸一を筆頭に次々といろんな人によってナンシーとの生前の思い出が披露された。 「ナンシー関」というペンネーム誕生の由来、アメリカ旅行中、長距離バスのシートに消しゴム版画を押しまくったこと、小学生のころ新御三家をめぐってクラスで派閥をつくっていたこと、腰が悪いということを知って、すぐにたくさんの通販を紹介してくれたこと、バイク便で送られてくるイラストの便に必ずお菓子がいっぱい入っていたこと、バレンタインの日にプレゼントをもらったが、開けてみるとチョコレートではなく土偶だったこと……。 最後はいとうせいこうから別れの言葉が送られたあと、小玉和文のトランペット演奏がナンシー関に捧げられた。しんみりとした場面もあったが、楽しく送ってあげようという趣旨の下に行なわれたこともあり、会場は終始にぎやかムードに包まれていた。 あらためて、ナンシー関の冥福をお祈りしたい。(02/7/16) |
![]() 7月某日 本誌8月号の「内外タイムス」クーデター劇でも取り上げた、自称「悪徳出版プロデューサー」ことモッツ出版社長・高須基仁。その高須による新宿ロフトプラスワンでの恒例イベント「変態性欲ナイト」が、11日に行われた。 今回は、高須がプロデュースしたというゴージャス松野の本の出版記者会見と、あの渦中のお騒がせタレント・田代まさしも登場予定とあって、マスコミもいつもより多く駆けつけていた。 最初の記者会見では、ゴージャス松野と恋人の田代純子、ホストクラブ「愛」の愛田社長が並ぶ壇上に、客席を見れば倉木パパとその愛人らしき若い女性、三浦和義、SMの女王、さかもと未明らが。業の深い人物たちのカオスのような会場のフンイキに、一般客の方が肩身が狭そうな感じだった。 イベント前半で、最も注目を集めたのが、目下、八王子でVシネの撮影中という田代まさしと高須の携帯電話トーク。「塀の中」から出てきて10キロ太ったという田代の近影が映し出される中、田代は本誌8月号の「売りに出た豪邸」とのグラビアについて「記事はまちがい。自分の手から離れていて既に業者に買ってもらっているからもう自分の家ではない。それにあの値段はかなりいい(高価な)値段だが、場所もいいからすぐにでも売れそう」と、ギャクにもなっていない苦しい言い訳をしていた。 あのサッチーを始め、林葉直子や三浦和義、倉木パパ、ゴージャス松野、そして田代まさしと、この手の「怪人」ばかり集める高須は、さしずめ「マスコミ界の見世物小屋のオヤジ」といったところかもしれない!? これらの人脈を内外タイムスでフル活用したら、一体どんな紙面づくりになるのやら……といった開き直りの面白さに期待する向きもあることだけは紹介しておきたい(知らないけど)。(02/7/15) |
7月某日 早めの夏休みを取り、梅雨の日本を抜け、常夏の島・サイパンへ家族旅行に行ってきたスタッフY。滞在先のリゾートホテルのプールサイドでのこと。長髪で恰幅のよい現地のチャモロ人らしき男性が1人、サイパンの強烈な日差しをものともせず、長時間甲羅干しをしていた。「さすが現地の人は違う」と、そばの子供用プールで遊ぶ自分の3歳になる娘に目をやりつつ、日焼け対策にやっきになっていたYが感心しながら眺めていたところ、男性はのっそりと立ち上がった。子供用プールの前を通り、Yの目の前にあるシャワーを浴びだしたその男性、どこかで見たような……。よくよく見るとなんと、あの長州力ではないか! しかし長州、その色の黒さから一見しただけでは現地人にしか見えない(笑)ので、近くにいたY以外、周囲は誰も気づいていない様子。Yは人の顔を判断する能力は本誌スタッフの中でもピカイチ。それに加えてYは、新日本を辞め表舞台から引き込んだ長州が、ちょうど同時期にプライベートでサイパンに滞在しているという情報を事前に入手していた事情もあった。大のプロレスファンでもあるYが「長州に会えたらラッキー!」なんてお気楽に考えていたその矢先に、突然の劇的な遭遇。あまりの驚きに口をポカンと開けて見つめているしかないYを尻目に、シャワーを浴び終えた長州は、隣の子供用プールで遊んでいたYの娘に話しかけ手を振ると、試合を終え控え室に帰る時のように、肩をふりながら悠々と、コテージに戻って行った。 現役時代のファイティングスタイルである黒のショートタイツと同じような黒の海パン姿の長州を見送りながら、皮膚ガン、美白など一切関係ナシとばかりに肌をガンガン焼く姿に、失われた「プロレスラー超人伝説」を垣間見たようだったと、日焼けを気にしていたYは、「感動した」と興奮気味に他スタッフたちに報告。なんともミーハーな『噂真』編集スタッフYの休日であった。(02/7/4) |
![]() 7月某日 6月28日、日本出版クラブ会館において重信メイさんの出版記念パーティが開かれ、スタッフSが出席する。重信メイさんは一昨年に大阪で突然逮捕された”伝説の”元日本赤軍リーダーの重信房子のひとり娘。無国籍だったメイさんは母親の逮捕後、日本に帰国し日本国籍を取得している。メイさんは以前から「ジャーナリストになりたい」との希望を持っており、今回初めての自伝「秘密 パレスチナから桜の国へ母と私の28年」(講談社刊)を上梓、その記念パーティを行なったものだ。会場には矢崎泰久、若松孝二、足立正夫をはじめとする旧日本赤軍シンパや、マスコミ関係者、救援連絡センター関係者など100人以上もの関係者が集まり、乾杯の音頭は赤塚不二夫夫人がとるなど、大盛況だった。今回のパーティはメイさんのジャーナリストとしてのお披露目も兼ねているようで、関係者のメイさんに対する温かい眼差しが印象的だった。本誌次号(8月号)のメディア異人列伝」でも登場の予定である。乞うご期待。(02/7/1) |
6月某日 あの「伝説のオカマ」こと東郷健のルポルタージュ『常識を越えて オカマの道、七〇年』(構成・文 及川健二)の出版記念パーティが新宿三越の地下レストランで行われた。この日集まったのは、保坂展人、勝谷誠彦、高野孟、矢崎泰久、キャンディ・ミルキィ(女装愛好家)、高信太郎、大川豊ら著名人から、さまざまなジャンルの雑誌編集者など、東郷・及川両氏の人柄や活躍ぶりを示すようなそうそうたる顔触れ(笑)。パーティでは、見るからに年季の入ったゲイボーイによる歌や踊りのショーや、本場仕込みの迫力のあるゴスペル、トリは東郷健の日本舞踊など、それぞれコクのあるディープな催しが繰り広げられた。 そもそもこの本は『週刊金曜日』誌上に掲載された及川氏のルポ「伝説のオカマ 東郷健」が元になっているのだが、記事掲載後、ゲイ団体から「『オカマ』は差別語である」という抗議を受け、その対処法をめぐって『週刊金曜日』の編集委員や各界の知識人まで加わった一大論争となった、というのを記憶している読者も多いことだろう。そのため、今回の出版にあたり、糾弾を受けた側の及川は気合いを入れて大幅加筆して総括したという。この著者の「オイケン」こと及川クンといえば、中学生時代から本誌の投稿欄の常連として、年齢にそぐわない辛らつな意見を発言していたという本誌読者としても珍しい存在。高校時代にルポライターとしてデビューし、早稲田大学3年生となった現在ではもうすでに第一線として活躍しているというのだが、ライターとしてはいささか過剰な思い込みのキャラの克服が必要ではないかとの声もあったことを紹介しておきたい。(02/6/18) ![]() |
![]() 6月某日 ナンシー関の急逝はテレビ、新聞などでも大きく取り上げられ、その衝撃の大きさを物語っていたが、その衝撃も覚めやらぬ6月15日、実家のある青森市常光寺において通夜が、そして翌16日には告別式が執り行われ、本誌デスクKと担当Mが出席した。通夜、告別式とも200人以上の関係者が駆け付け、特に告別式ではナンシーにゆかりの深いえのきどいちろう、いとうせいこう、町山広美、安斎肇、リリー・フランキーなど多くの友人の姿も見えた。また数え切れないくらい数多くのマスコミ・著名人からの献花も目を引いた。 ナンシーの若い、そして希有で突出した才能の”死”は、本誌はもちろん多くのマスコミ関係者、そして友人たちにとって無念の一言。通夜、告別式ともに、多くの出席者が涙していたが、それ以上に無念だったのが娘を亡くした青森の御両親だろう。喪主でもある父・英市氏が挨拶の途中、何度も言葉に詰まり嗚咽する姿に、ナンシーの早過ぎる死、そして失ったものの大きさを、本誌スタッフもあらためて実感させられた。 今は亡きナンシー関の詳細追悼は次号8月号に特集する予定だが、とりあえず、この場を借りて、本誌連載開始から12年、長い間ありがとう、そしてさようならを言っておきたい。 合掌。(02/6/17) |
![]() 6月某日 『編集会議』の花田紀凱編集長が、本誌「メディア異人列伝」でもお馴染みの売れっ子ライター・永江朗氏と、担当編集者や撮影部隊を引き連れてドカドカと来社。次号の『編集会議』で「『噂真』編集長インタビュー」をやるということで、本誌編集長のインタビューや編集部内の撮影にやってきたのだ。折りしもこの日はワールドカップの日本対ベルギー戦の当日。編集長も取材開始はサッカーが終わってからにしようと提案。ビールを片手にということもあってか、テレビ中継についつい気を取られ、みんなで一喜一憂してしまうなど、和気あいあいとしたものとなった。終了後、たまたま他の取材から帰ってきたK副編集長も交えてしばし『噂真』談義。テーマは当然のように2年後の『噂真』休刊宣言問題。本誌編集長も「花田さん、やればいい」と逆提案。そこへすかさずK副編が「花田さんでは経費がかかり過ぎる」と横やりを入れるシーンもあった。持論の「愛人論」を語りだすわ、本誌編集長に「そろそろベンツに乗換なよ!」としつこく迫るなど、花田氏の「リラックス」ぶりが印象的だった。そんな「無防備」状態で取材された『編集会議』の『噂真』編集長インタビュー、一体どんな内容になるのか乞うご期待。 (02/6/7) |
![]() 6月某日 校了明けでのんびりムードの編集部に一人の訪問者が訪れた。ドアを開けると、スキンヘッドにサングラスといういかにもコワモテ風の男が! その風貌に恐れおののいてスタッフが絶句していると、男は「三浦です」。そうこのスキンヘッドの人物は、あの“ロス疑惑”騒動で有名になった三浦和義氏だったのだ。三浦氏とは旧知の間柄で現在はキャバクラ仲間でもある岡留編集長も、三浦氏の突然のイメチェンにびっくり。まだどこにも写真を出していないと恥ずかしがる三浦氏を、「未公開ならぜひうちのホームページで公開を!」とお願いし、ツーショットを撮影させてもらった。今までは2人してサングラスで偽名を使ってキャバクラに行くと「兄弟みたい」と言われることもあった三浦氏と編集長だが、これでもうそんなことも言われなくて済むかも知れない。が、三浦氏は「岡留さんもどう? 楽だよ」と編集長にもスキンヘッドをすすめていた。編集長曰く「引退したらいいかも……バックパッカーにはぴったりかな」。あと2年後には編集長のスキンヘッド姿が見られるかもしれない?? スタッフから「それじゃ、まさに前科者そのもの」とイヤミの声も飛び出していたことを紹介しておこう。(02/6/7) |
![]() 5月某日 小泉純一郎首相の地元である神奈川県横須賀市で、個人情報保護法案と有事法制関連法案に反対する集会とデモ「横須賀行動〜小泉孝太郎(息子)に赤紙が来た!」が開催されるというので、スタッフYが休日ということもあり子供と一緒に取材を兼ねて参加する。 主催は、本誌でも再三取り上げている吉岡忍や吉田司、日名子暁らの「共同アピールの会」と、地元の「非核市民宣言運動・ヨコスカ」。この日集まったのは約500人。首相就任以来、こんな大規模の抗議行動は地元では初めてだという。報道陣も多数駆け付けていた。 参加者は、このデモの定番である喪服や、ナースのコスプレなど、みな思い思いの服装で実に賑やか。スタッフYもいつの間にか造花が付けられた特製ヘルメットをかぶらされてしまう(苦笑)。途中、迷彩服に身を包んだ新宿ロフトプラスワンの平野悠社長ら「特別隊」が、市内の小泉事務所に抗議文を届けている様子が随時実況中継されたり、特別ゲストとして漫画家の蛭子能収が参加したりと、集会はかなり盛り上がりをみせた。 集会後、参加者は集会場の横須賀駅前の公園から市内をデモ行進。この日の横須賀市内はちょうどお祭りの真っ最中ということもあって、アピール効果は抜群だったようだ。沿道の人たちは小泉首相の地元だというのに、概ね好意的なフンイキだった。在日米軍らしき外国人がしきりにデモ隊の趣旨について尋ねてきたり、祭り見物に来ていた地元の若者たちが多数飛び入り参加したりと、終始和気あいあいといった雰囲気の中、無事にデモが敢行された。 しかしこの個人情報保護法案は現在国会で審議中であり、成否に向け予断を許さない。本誌はもちろん今後とも一貫してこの”政治家スキャンダル防止法案”に「ノー」を言い続けることはいうまでもない。(02/5/27) |
![]() 5月某日 写真家・神蔵美子が文芸評論家坪内祐三、カリスマ編集者末井昭との三角関係を赤裸々に告白した話題の写真集「たまもの」。その赤裸々ぶりは、本誌6月号でもすでに報じているが、その「たまもの」の写真展が新宿紀伊国屋書店の画廊で始まるということで、さっそくKデスクがオープニングレセプションに駆け付けた。神蔵と末井を見つけたKデスクが発売になったばかりの6月号を手渡すと「これも展示しなきゃ」と神蔵。なんと会場には神蔵の作品に混じって、神蔵・坪内・末井の不倫を報じた「噂の真相」97年11月号グラビアまで展示されていたのだ。考えようによっては、この記事が今回の写真集出版のきっかけをつくったともいえ、その意味では「噂真」は陰の功労者!? また、前夫・坪内祐三の姿こそなかったものの、坪内の父である元プレジデント社社長の坪内嘉雄が駆け付け「かつての父親として、美子ちゃんをこれからもよろしくお願いします」と挨拶する一幕もあり、奇妙な関係は相変わらず続いているようであった。会場には嵐山光三郎、南伸坊、渡辺和博などの顔ぶれも。 この写真展では写真集には載っていない写真も多数展示されているので、興味のある向きは一度足を運んでみてはいかがだろうか。(02/5/10) これが写真集出版のきっかけとなった本誌スクープ ![]() |
5月某日 大阪地検前公安部長の逮捕とゴールデンウイーク進行でドタバタだった編集部だが、5月に入りホッと一息。と思っていたらとんでもない社内での“重大事件”が秘かに進行していたことが発覚した。発端はK副編集長のぼそっとした一言。「また妻に恋人ができたんだよね。あまり家に帰ってこないんだ」。それを聞いた編集スタッフたちは「えーーっ」「またー!?」「10年ぶりじゃない」などと驚きの声を上げたが、それほどの緊迫感がK副編にはない。というのもこのK副編夫妻は結婚して15年ほど経つのだが、その間妻が大きな浮気騒動を2度も起こしていたのだ。その上、妻はその相手と家出して一緒に住むなど大胆で、これまでも浮気は家出とセットになっていることもあり“浮気”というより“本気”なのだ(笑)。しかし当のK副編は妻の3度目の家出にもかかわらず、あまり危機感がないらしく「仕方ないよ。今も時々帰ってくるし、自分自身『噂の真相』で不倫疑惑なんかを取材しているから因果応報さ」と飄々としている。確かにかねてより夫婦というより仲良し兄妹といった関係性が強いK夫妻、世の通常の夫婦とは違い男女のドロドロした関係や修羅場とは遠い存在なのだろうか。それにしても妻の浮気騒動がホノボノ話になってしまい、逆に仕事に集中していい仕事をするのだから、K副編のメンタリティ、恐るべしである。そして、こうした身内のスキャダルまで堂々と公表する「噂真」の徹底した情報公開のスタンスも恐るべし(笑)。(02/5/10) |
![]() 4月某日 大沢在昌を筆頭に宮部みゆき、京極夏彦というドル箱作家を抱える“文壇のバーニング・プロ”こと大沢オフィス。その大沢オフィスが株式会社化を目前に控え帝国ホテルで「大沢オフィス設立10周年パーティ」を開いた。しかしこのパーティ、招待客以外一切出入り禁止という厳戒態勢で開かれるという事前情報で、普段の文壇パーティに付き物の銀座の文壇バーのホステスたちも出席できず銀座ではブーイングの嵐という噂もあった。とはいえ、大沢オフィスの巨大化をいち早く報じてきた本誌としては、このパーティも見逃すわけにはいかない。というわけで、I嬢がパーティへの潜入を試みることにした。多数の編集者や出版社役員が受付している脇を何食わぬ顔で通り抜けパーティ会場への潜入に成功したI嬢。さっそく壇上で挨拶する大沢、宮部、京極らにカメラを向けた。「厳戒とかいって意外と簡単じゃん」と調子に乗って撮影していたそのとき、「どちらの方ですか」という声。振り返ると、大沢の小説のイラストレーターとしても知られる大沢オフィス社長の河野氏とその妹が! 仕方なく名刺を差し出すと「噂の真相???」と2人は驚きの声をあげ、そのまま会場外へとI嬢はつまみ出されてしまったのである。会場外で「うまく入り込んだけど、写真を取り始めるのが早過ぎたわね」と河野妹にごもっともな説教をされたというが、でも何枚かは写真撮れてよかったとI嬢は満足気に会場を後にしたという。「噂真」の取材はけっこう大変なのだということの一端がこれでおわかりだろうか。(02/5/10) |