4月某日『本の雑誌』の社長兼発行人の目黒孝二氏が社長業を引退、その慰労パーティが編集部近くの居酒屋「池林房」で行われたので、女性スタッフ2名が参加する。このパーティは社長を辞めて今後フリーの活動が多いことが予想される目黒氏のため、”仕事をくれそうな”あるいは”仕事をくれた”編集者を中心に集まる、という趣旨の会。そのため「作家や評論家などはほとんど呼んでいない」との説明が主催者でもある茶木則雄氏からあった。しかし相棒の作家・椎名誠氏の姿があり、椎名氏だけは例外かと思われたがそのご本人が「たまたま打ち合わせがあり、ここに来た。何かパーティでもある雰囲気なので(店に)聞いたら、目黒のパーティだという。知らなかった」と飛び入りで面くらいつつの挨拶。実際本当に知らずにたまたま来店していたようで、ムムム、椎名編集長と目黒発行人はやはり不仲だったのか、などと穿った感想を持ってしまった(笑)。もっともフリーになった目黒氏の事務所はいわゆる「椎名誠ビル」の中に構えており、それはゲスの勘ぐりのようだ。店内は満席で、次々とこの会を聞きつけた”呼ばれていない”はずの多くの作家も駆け付け、多いに盛り上がっていた。”勝手に参加”組は大沢在昌、馳星周、嵐山光三郎、新保博久、今野敏、島村洋子などの顔があり、目黒氏の人脈の広さに今さらながらカンシンした一夜だった。ともあれ目黒氏の今後の大いなる活躍を本誌も期待しておきたい。(01/4/18))


4月某日昨年末、路上で暴漢に襲われ入院生活を余儀なくされていた”あの”評論家・坪内祐三氏の快気と出版祝いを兼ねたパーティが山の上ホテルで行われ、本誌編集長とデスクKがかけつける。坪内氏は本ホームページでも記したように、昨年11月の下旬の深夜、新宿ゴールデン街から帰宅するためタクシーを探していたところ、男2人組に因縁をつけられひどく殴打され、歯が3本折られ顔面も骨折、さらに内臓出血まで起こし急遽手術、集中治療室へ入院、数度に及ぶ手術を経て、今年になってやっと”全快”したのだ。そのお祝いも兼ねてとあって会場には150名ほどの多彩な面々が集まった。まず、問題の夜に坪内氏と一緒に暴漢に襲われ、肋骨を3本も折られた編集者が挨拶。その夜の出来事を生々しく再現し一瞬恐怖に包まれた。そして、会場では「因縁をつけられたらすぐ謝るか逃げよう」とのギャグ的会話で盛り上がりを見せた。また常盤新平、南伸坊、嵐山光三郎、山口昌男各氏の挨拶があり、その他にも会場には坪内氏の前妻でもある神蔵美子氏、そのパートナーでもある白夜書房の末井昭氏のカップルも堂々と顔を見せており、また本誌で批判を掲載した元ダイヤモンド社会長の坪内氏の父親や弟(大手広告会社勤務)も出席しており、なんともスリリングなパーティだった。むろん坪内氏のパートナーの某新聞社女性記者の姿もあった。ともあれ、元気になった坪内氏の姿をみて一安心。この経験を生かし(?)さらなる活躍を期待したい。(01/4/10)


4月某日 ジャニーズ事務所などの一連の芸能もの暴露本出版で知られる鹿砦社の松岡利康代表と本誌編集長との対談本をつくりたいとの申し入れが鹿砦社のO君より持ち込まれる。1回3時間程度で3日間、びっしりと対談して、それをテープに起こし、単行本化しようというもの。O君はいまだ早大に在籍の身で、彼らが企画した早大でのイベントに何回かつきあってきた関係上、断りきれなかったのである。この3回の対談はすでに終了しており、後は鹿砦社側の編集作業が残されている段階。写真は対談のために本誌編集室にやってきた鹿砦社の松岡代表とスタッフ。
 編集長としては語りだけで本になるというのは楽といえば楽だが、キチンとした本になるかどうかに関してはいまのところ未知数。対談内容は学生時代の活動家体験から始まり、雑誌編集者としての半生をたどるというパターンだったが、原稿のあがりが楽しみというか、不安というか、というのが編集長の弁。(01/4/6)