2月某日テレビ朝日「朝まで生テレビ」に出演するために本誌編集長は〆切り作業を途中で打ち切って、本番一時間前に六本木のスタジオに向かった。スタッフや関係者からは、これまでサンザン「朝生」をネタにしてきたし、何よりも司会の田原総一朗氏に対しても厳しい目を向けてきただけに、きっとイジメにあうのではないかとかいう周囲の心配をよそに「大丈夫だよ」といい残して編集長は出かけていった。編集作業を進行させながら、スタッフはテレビを見ていたが、前半はともかく後半はほとんど編集長が発言しなかたため、田原氏にイジメられているのではないかと心配に。この日の出演を知っていた編集長の友人や仕事関係者からも、「発言が少ないのではないか」との声が寄せられていた。 当の編集長は周囲の心配をよそに、出演体験をこう語る。 「いや、出演者が13人と多いし、トークの主眼が法的規制を強める自民党とテレビ番組批判されるテレビ局側の反論という形で進行して、なかなか入り込む余地がなかった。いいたいことはけっこうあったんだけど、タイミングが難しいね。確かに途中から、トークの意欲をなくしたのは否定しないけどね。消化不良だったのも確か。 イジメ?ないと思うよ。これまで批判したこともある、田原総一朗、テリ−伊藤、ケントギルバート、日本テレビ「電波少年」の土屋敏男チーフディレクター、猪瀬直樹氏ともちゃんとあいさつしたし、終了後のテレ朝食堂での打ちあげにもきちんと参加して取材してきたよ。丸川珠代アナともあいさつしたし(笑)」 敵陣に乗り込み、周囲がイジメを心配したにもかかわらず、実にノーテンキな編集長であった。読者には、この編集長の出演体験が、文化人批判の誌面づくりにさらに生かされることに期待してもらうしかない。しかし、編集長がフトもらした、今回の社会環境対策法を推進する“天敵”のはずの世耕弘成参議院議員から「ウワシンを愛読しています」とあいさつされて、名刺交換までしてきたというセリフには呆れるやら、笑うやら…。 「でも、しっかり取材させてもらいます。といってきたんだからいいんじゃないか」とあくまでもノーテンキというか、フトコロが深いというべきなのか…。(01/2/26) |
2月某日本誌にとっては、創刊以来の不幸な事態があった。経理担当のMさんがこの2月はじめにガンで死去したのである。現役社員の死は、岡留編集長以外にはありえないと思っていたスタッフもこれには驚いたことはいうまでもない。 Mさんが体調の不良を訴えたのは12月の暮。そして、新年早々の入院検査でガンが発見されたのである。Mさんの家族から編集長にだけは「末期である」ということは知らされていたが、本人は足もともおぼつかない状態になっても奥さん同伴で会社に仕事にやってくるという責任感の強さを最後まで発揮していた。 Mさんは、2年前に本誌の経理担当として入った。九大工学部卒業後、大手商社を定年までつとめあげた誠実な仕事人間。本誌入社の時も現役引退は早いし、少しでも読者だった『噂真』の役に立てれば、ということで、給料も安くてかまわないと自ら申し出たほどだった。本誌編集長よりも一回りも違う年令ではあったが、いつもニコニコと若手スタッフの仕事ぶりを見守る好々爺でもあっただけに、商社の実態をいろいろと聞いていたN記者などもガックリ。しばらくはMさんの机の上には弔花が置かれていたが、やはり経理の仕事は裏方ながら、なくてはならない大切な業務。編集長はツテをたよって緊急に後任をさがし出して、経理の混乱は最小限にとどめることができた。このため経理業務の遅延で、原稿料などが遅れた人々に対しては当HPを借りておわびしておきたい。Mさん安らかに。合掌。(01/2/26) |
2月某日BOX東中野で「放送禁止歌ショウ」なるイベントが開かれた。このイベント、70年代に次々と闇に葬り去られた放送禁止歌にせまり反響を呼んだドキュメント「NONFIX 放送禁止歌」、この番組の上映と、監督した森達也と放送禁止歌を持つ歌手が連日ゲスト出演する試みだ。本誌編集部員が鑑賞した日のゲストはなぎら健壱氏。映画館には当日券をもとめる人々が列を作り、実際に会場に入りきれない観客が30人を越えたという。いっぽうでマスコミ各社も「ニュース23」スタッフや、「週刊金曜日」スタッフなど多くの関係者がつめかけた。どうやらマスコミとしては今国会に提出された青少年社会環境対策基本法案を視野に入れた下調べという意味合いもあったようだ。映画の上演後、会場は熱気に包まれ、なぎら氏のライブに突入、放送禁止といわれる歌の数々を披露。森達也といえばオウムのドキュメンタリー「A」を撮ったことでも知られる人物。しかしノリにのったなぎら氏は森監督の前で「魔法使いサリー」の替え歌「魔法使いサリン」を歌う始末。会場は爆笑と冷や汗の連続のライブだった。
さらに本誌が会場にいるのを知っていたなぎら氏は「歌にもいろいろある、歌ったら右翼が殴り込まれるような曲もある、噂の真相のようにね(笑)。気をつけなくっちゃ」とシニカルなギャグまで披露していただいた(笑)。最後には「満鉄小歌」「イヨマンテの歌」などの放送禁止の名曲で締めてくれた。いっさい自主規制のない空間だった。なお、ライブのあと、なぎら氏も含めた軽い打ち上げが開かれた。さて本誌の興味といえば、なぎら氏のア・タ・マである。かねてからのカツラ疑惑もある氏。本誌としては熱気に包まれたライブにずっと帽子をかぶっていたなぎら氏の、その帽子をとる瞬間をイタダキ!と企んだのだが、なにやらマネージャー、関係者陣の熱いガード。なんとか名刺交換まではいたったのだが、直撃するタイミングすらなかったのである。なんだか複雑な自主規制の現場に出会った編集部員だった(笑)。この映画、マスコミの自主規制についてのドキュメンタリー。今回の人気でアンコールレイトショウも決定した(BOX東中野2月24日〜3月9日 21時30分より)。興味のあるむきは足を運んで欲しい。 |
2月某日いよいよ編集長登場!となったのが2月2日に行われた「和久・西川名誉毀損裁判」44回公判だ。その前にKデスクの弁護士による再主尋問。前回までの証言を補強する尋問だ。続く(はずの)検察側の反対尋問はナシで、ラッキーと思った途端、予想外に裁判官からの質問が始まった。これは主にプライバシ−に関する問題についてどう思うのか、また該当記事の主眼は、といったもので、Kデスクは「和久や西川のような社会的影響力のある人物のプライバシーはある程度制限される」 等と立派に(!?)主張した。これでKデスクの6カ月以上にも及んだ被告人尋問は全て終了。おつかれさま! である。そしていよいよトリをつとめる岡留編集長の登場だ。まずは編集長の経歴や『噂の真相』の実績、スクープ歴などを証言、さらに今回の起訴が検察批判を繰り返す『噂の真相』に対する意趣返しにあると堂々の主張をしたのだ。ところがその尋問の途中、ある珍事が。何と制服姿の女子高生が6人も大挙して傍聴にきたのだ。もしや編集長のファン!? と色めきたつもほどなく全員が退席。単なる女子高生の裁判所見学だったのだろう。ところで、編集長はといえば時が経つにつれ興が載ったのか、予想以上にしゃべるしゃべる(笑)。起訴されて6年目。この間ほぼ毎月1回の出廷や刑事被告人ということでパスポートまで制限されたこの不当な検察による起訴への怒りを吐き出すかのような”正論”を次々証言したのだ。そのためこの日で終わる予定だった主尋問は時間切れで、次回も引き続き証言することになってしまった。ということで次回期日3月19日第45回公判(1時30分より 406号法廷)はさらに編集長主尋問、そして検察側の反対尋問が行われる予定だ。いよいよ当裁判も最後のヤマ場となる。(01/2/2) |