●編集日記 2000年8月分
8月某日
夕刊紙「ナイタイ」や、風俗系情報誌で有名な出版社「ナイタイ」の20周年記念パーティが東京ヒルトンホテルで開かれ、本誌編集長も顔を出す。出版関係者はもちろん、ナイタイの誌面を飾る風俗ギャルやホストなども多数参加しており、多彩な顔ぶれで会場は超満員。司会のポール牧を始め、団鬼六、北の湖親方、石立鉄男、沢田亜矢子の元夫で現在はホスト修行中の松野行秀サンなど、有名人もちらほら。しかし来賓の挨拶をするはずだった民主党の羽田幹事長は欠席していたため、ポール牧が皮肉をとばす場面も。この日のメインイベントは、なんとあのサッチーこと野村沙知代と井上公造、城下尊之、川内朋子、駒井千佳子という4人の芸能レポーターたちとのトークバトル。その中でサッチーは急遽壇上に呼ばれた高須基仁プロデューサーと意気投合し、今後へアヌード写真集出版もあることを匂わし、場内を騒然とさせていた。ちなみにこの日の引き出物は、以前ナイタイで出版されたサッチーのセクシー写真集。あまりにも強烈な個性の参加者の波に加え、引き出物とのダブルパンチで、大いに酔いしれた暑き夏の一夜となった。
(00/8/31)
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8月某日
夏休み最後の日曜日、代々木公園では「東京レズビアン&ゲイパレード2000」が開催された。代々木公園イベント広場に集合し、渋谷公園通りから、明治通り、原宿駅前を同性愛者などのセクシャルマイノリティの人々が偏見のない社会を訴え、行進するというイベントなのだ。東京で開かれるのは5年ぶりのことで、今回は2000人をこえる人々がパレードに参加した。マスコミ各社も取材に殺到し、その中には本誌M記者(男性)の姿もあった。
前日になって、グラビア頁が埋まらず苦肉の策として編集長が、カメラ持参での取材を指令したため、校了直前の大忙しのこの時期に、カメラ片手に渋谷にかけつけたのだ。代々木公園といえば、健康的な若者たちのデートスポット。徹夜明けで不健康な顔のままのM記者(20代)は、健康的な若者カップルを眩しそうに見つめつつ、炎天下でゲイパレードの取材をすすめるのだった。
取材をしてみると、このイベントの続きが新宿2丁目で行われるという。この日、ゲイパレードに合わせて、新宿2丁目では「第一回東京レインボウ祭り」なるイベントが開かれるのだ。そのまま、M記者は汗を拭う暇もなく新宿2丁目へ。新宿2丁目といえば、本誌編集室の近所であり、日本で一番のゲイタウン。東京レインボウ祭りは近隣の人々との親睦を高めつつ、セクシャルマイノリティの存在をアピールしようと2丁目の人々が企画したイベント。会場となった新宿2丁目を貫く、通称ゲイストリートの仲通りにはお神輿はでるわ、屋台は立ち並ぶわで、どこにでもあるお祭りの光景が繰り広げられた。仲通りは通行止めとなり、渋谷でのパレードに参加したセクシャルマイノリティの人々が押し掛け、男性ばかりで立錐の余地もない程になった。夜がふけるにつれ、興奮の会場ではお尻丸出しの格好で動き回る人々まで現れ、最高潮に。
ほぼ半日をかけて、ゲイ尽くしの一日を送ったM記者は根っからの女性好きのためか、そんな光景にも少しも動じず、シャッタ−を切り、多くの男性達にぶつかりながら、大急ぎで編集部に戻り原稿を書き始めたのだった。
(00/8/29)
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8月某日
都内の某ホテルで「岡留安則さんたちを励ます会」なるパーティが開かれた。先日の編集部襲撃事件で怪我をした噂の真相編集部員をねぎらおうという趣旨で開かれたものだが、この会の発起人には荒木経惟、木村三浩、佐高信、高取英、田中康夫、中森明夫、宮崎学、宮台真司といった面々が名を列ね、当日も50人を超える人々で会場は熱気に包まれた。が、当初、このパーティに気乗りがしない人物がいた。当の岡留編集長その人である。なにしろこの話、仕掛人によって勝手連的にすすめられていった企画だったからだ。仕掛人は中森明夫、康芳夫、高取英といった面々。彼ら3人は事件直後に編集室に見舞いにきてくれた人々だが、事件直後から怪我で酒も飲めない編集長をはじめとする編集部員たちに好きなだけ酒を飲ませてあげようという計画を秘密裏に話し合っていたようなのだ。この話をゴールデン街で伝え聞いた岡留編集長は「お世話になった人々を呼ぶと数百人規模になってキリがなくなってしまうのでごくごく内輪でやりたい」と池林房あたりの座敷を借りてこじんまりやって欲しいと提案したものの、盛り上がった仕掛人たちが事務局を作り、ホテルの会場を予約し、案内状を発送してしまったのだ。 いわば岡留編集長をツンボサジキ状態にして、どんどん話がすすみ、結局、当日を迎えたのだった。会場には50人を超える人々が出席。参加者の中には前述の発起人全員の他、衆議院議員の保坂展人、田原総一朗、「朝生」プロデューサー・日下雄一、鈴木邦男、島村麻里、石丸元章、創の篠田博之、ロフトプラスワン席亭平野悠、解放出版小林健治……。 パーティで注目を浴びたのはその当日、長野県知事選に出馬かという記事がマスコミを賑わせたばかりの田中康夫。が、当の田中康夫は即座にその報道を否定し、会場内で、以前から本誌上でもその報道スタンスを批判をしていた「創」出版篠田博之編集長を会場内に発見し、花田憲子擁護に走る同氏に何やら講釈をぶち始める一幕も。 会も半ばになって、荒木経惟が登場し、盛り上がりはクライマックスに。そして、岡留編集長の最後のあいさつ。保坂展人夫人から花束をもらったり、皆から「岡留さんは励ます必要もないほど元気」との認識が会場に満ちていたこともあって、当初の気乗りしない対応とはうって変わって、参加者に感謝するあいさつ内容だった。ちなみにこの日は月蝕歌劇団のトップスター・一ノ瀬めぐみ嬢が受付をつとめ、司会は最近、映画「VERSUS」(北村龍平監督)で主役を演じた成宮観音改め三坂知絵子がつとめて華を添えて、会は二次会へとなった。この夜はその後も新宿界隈で呑み歩くパーティ出席者や本誌スタッフの姿が見られ、朝まで呑み会のメンバーもいたという。 この場を借りて、出席していただいた皆さんをはじめとして、本誌を心配、応援していただいた皆さんに心よりの謝辞をあらためて述べたい。そして会には呼べなかったたくさんの人々に対しては、このパーティは本誌の主催ではないため発起人、参加者の人選には一切関知しておりません、ゴメンと先回りしてお詫びしておきたい。(00/8/11) |
8月某日
本誌連載中の「ジャーナル読書日記」でおなじみの、井家上隆幸氏の出版記念パーティが帝国ホテルで開かれた。岡留編集長があいにく出張中だったため、代わって新人I嬢が出席。会場には大沢在昌、宮部みゆき、馳星周、花村萬月といった大勢の作家はもちろんのこと、中尾彬・池波志乃夫妻や原田芳雄といった俳優の顔まであり、井家上さんの顔の広さにもI嬢はビックリ。慣れない手つきで一生懸命写真を撮りまくったという。井家上氏といえば本誌連載でもわかるように量読家。今回の「20世紀冒険小説読本」は注釈だけでも何と○○○ページという莫大な情報量で、挨拶に立った作家センセイから「作家の知らないことまで書くな!」とのツッコミを入れられた程である。 しかし、書評家が多くの作家に囲まれて出版パーティを開くというのはいかがなものかとの原則的な見方をする文壇関係者もおり、批評者と批評される作家との距離の取り方という古くて新しい問題を突き付けたパーティだったともいえる。ともあれ興味のある方は本誌連載と合わせて御一読を!(00/8/9) 8月某日 9月号の入稿作業も終わり、平和な空気が流れていた編集部だが、S記者の姿を見て騒然となった。というのも、本誌では名文家として知られるS記者の姿がいつものように2、3日見えなかったため、「〆切り原稿を抱えてまたもや蒸発した!」と副編集長が必死で探しており、やっと姿を現したと思ったら、S記者の額や肘には包帯が痛々しく巻かれていたからだ。右翼襲撃事件も一段落したのに、また何者かに襲撃されたのか! とスタッフたちが慌てたのも無理はない。が、しかし、真相をいえば少々ガッカリだが、S記者は自転車に二人乗りしていてコケ、救急車で運ばれた挙げ句、額を3針、肘を2針縫ったという間抜けな事故の結果だった。そういえばS記者は右翼襲撃事件時、唯一事件とは遭遇せず無傷だった男性スタッフ。乱闘後に出社してきて、あたかも事件現場に居合わせたかのごとく、マスコミ取材の陣頭指揮をとっていたのだ。しかし今回とんだ事で怪我を負い「唯一無傷という汚名も晴れた」と本人の弁(笑)。傷は”ブッチャー”のように残るらしく、編集長の額の傷と同じようなところを怪我し、”遅れてきたチャリンコ負傷者”と事件でホントに負傷したスタッフたちに失笑されている(笑)。(00/8/3) |