●編集日記 2000年2月分
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2月某日 というより2月29日、第37回公判が東京地裁406法廷で開かれる。この日も和久峻三の長年のスタッフであり、この裁判の最重要証人であるK女史が、前回に引き続き証言台に立った。今回の証言内容は、和久の”非人間性””ご都合主義”を中心に行われ、K女史は、当時和久から受けた様々なひどい仕打ちを生々しく証言した。途中、当時のことを鮮明に思い出したためか、涙ぐみ声も震えながらの赤裸々な証言が続いたのだ。かなり以前の出来事にもかかわらず、悔し涙を見せるK女史を見て、和久の尋常ではない”人間性”や”スタッフへの仕打ち”に改めて怒りを感じ、また和久を告発した本誌の存在意義をも改めて実感させられた。ともあれK女史の主尋問は今回で終了し、次回は検察側の反対尋問に移行する。(次回期日3月21日午後1時30分 東京地裁406法廷)
(2/29) 2月某日 第51回読売文学賞の小説賞部門で本誌連載中の筒井康隆氏が「わたしのグランパ」(文芸春秋)で受賞し、受賞パーティがパレスホテルで開かれたので本誌編集長が出席する。筒井さんに挨拶しようとしていた本誌編集長だが、あいにく筒井さんは読売新聞の超ワンマン社長ナベツネこと渡辺恒雄と話し込みの最中。「早いとこ新聞社も俺と覚え書きを交わして断筆を解除させろ!」とボス交をしていたかどうかは定かでない。が、本誌編集長が挨拶の機会を伺っていると、作家の小林恭ニ氏がツカツカと寄ってきて「筒井さんに挨拶に行きましょう。ナベツネさんがどんな反応を示すか、面白いじゃないですか」と挑発するも、「いや筒井さんに悪いからいいよ」と編集長は遠慮して二人の会話が終わるのを待って、挨拶するというシャイ(!?)さを発揮。写真はその後、本誌編集長とナベツネとのニアミスショット。ちょっと笑える読売文学賞のワンシーンだった。ちなみに本誌編集長はこのパーティでとてもシャイとは思えない大胆な”超面白写真”をスクープ! 次号(4月号)でグラビアに掲載する予定なので乞うご期待のほど。(200/2/18) 2月某日 編集部で1番遅く退社する男と言えば編集Mだが、このところそのMよりも遅くまで居残っている人物がいる。新人I嬢だ。実は、4月号増ページ分の特別企画である「浅田彰・田中康夫・中森明夫座談会」のテープ起こしをしているのだが、I嬢はテープ起こし初挑戦。テープ起こしどころか、座談会当日は「ちゃんと録音できるのか?!」と進行役のK副編集長を不安にさせていたが、そこはデスクの指導の下、何とか無事クリア。座談会後は皆で焼肉を食べに出かけ、ボッと燃え上がった肉を見た浅田氏の「おっバーニング!」などという、知性派オヤジギャグ(しかも噂真仕様)まで飛び出す楽しい夜となった。そして翌日から問題のテープ起こし。しかしI嬢はなかなか作業を開始せず、周囲は心配顔。それもそのはず、3時間にわたって3人がしゃべりにしゃべった、浅田氏いわく「100万円分しゃべった」中身の濃い座談会である。カンタンに終わるはずもなく、I嬢の深夜一人居残りの日々が続いたというわけだ。みんなから「すすんでるか?」と声をかけられながらテープ起こしに励む姿は、まさに“はじめてのおつかい”ならぬ“はじめてのテープ起こし”。その成果は4月号でお楽しみに。(2000/2/17) 2月某日 先週から編集部には、ある問い合わせが殺到した。ある問い合わせとは「グリコ森永事件」についてだ。『噂の真相』は85年1月号で「”報道協定”でマスコミが書けなかった”ハウス食品脅迫事件”の全貌」を掲載、マスコミと警察との間で結ばれた報道協定の存在をスッパ抜いたのだ。このリアクションは凄く、発売直前から警察庁幹部からの記事差し止め要請があり、それを拒否すると同日、当時『噂の真相』が発行元になっていた『ザ・ゲイ』の東郷健編集長がワイセツ罪で逮捕され、さらに『噂真』編集部もガサ入れされる、という大騒動に発展したのだった。そして時は巡り2000年2月13日、全ての「グリ森事件」は時効を迎える。そのためのマスコミ各社は「時効」特集を予定しており、参考資料として本誌の”報道協定”スッパ抜き記事が必要となったようなのだ。特にN記者は関西出身のため、事件の舞台となった”関西方面”からの殺到する問い合わせの対応に大わらわとなった。またテレビ朝日「ニュースステーション」からは犯人との疑惑が残る宮崎学氏の当時の「キツネ目の男」(85年10月号グラビア)の写真を貸してほしいとの要請があるなど、本誌は対応に追われたのだ。また、この問い合わせとは別にAP通信、「ニューヨークタイムス」の二つの海外メディアから「(本誌92年9月号グラビアに掲載した)ジャニー喜多川の写真を貸してほしい」との要請もあった。このところ『週刊文春』のキャンペーンの影響からか、海外メディアが「ジャニーズ事務所」の問題を追及する動きがある。一方日本マスコミは全く無視、タブー化しているこの「ジャニーズ」問題を本誌はずっと追及しており、他マスコミでは決して掲載しない、謎の人物”ジャニー喜多川”の顔写真も本誌だけが唯一掲載しただけなのだ。他メディアからの問い合わせに追われた一週間だった。(2000/02/02) ![]() これが問題写真。そっくりだと思いませんか!?(85年10月号より) ●「グリ森」関連記事89年8月特集4毎日新聞 グリコ事件大誤報スクープの背景を追跡 "http://www2.uwashin.com/890804" 85年10月号特集2私がキツネ目の男だった http://www2.uwashin.com/851002 85年1月号特集1"報道協定"でマスコミが書けなかった"ハウス食品脅迫事件"の全貌 http://www2.uwashin.com/850101 85年2月号特集1ドキュメント『噂の真相』の報道協定暴露とワイセツ別件捜索の"真相" http://www2.uwashin.com/850201 84年5月号特集4江崎グリコ社長事件で露呈した・報道協定・の珍妙さと週刊誌の思惑 http://www2.uwashin.com/840504 95年11月号別冊『自由な言論』言論機関が背負った「向こう傷」に国家権力が"猛毒"を擦り込む瞬間 ● 丸山昇(フリージャーナリスト) http://www2.uwashin.com/950018 |