●編集日記 2000年1月分




ニューヨークタイムスの人々 1月某日 編集室に『ニュ−ヨ−クタイムス』支局長ハワ−ド・フレンチ氏と女性通訳、日本人スタッフが訪問。日本のメディア状況について、本誌編集長に対して次々と鋭い質問を浴びせる。本誌が海外メディアの取材を受けることは少なくない。最近では『ニューズウィーク』から雅子妃懐妊騒動や関口警察庁長官辞任の件でコメントを求められたばかり。やはり日本のメディアにジャーナリズムが不在であることは海外メディアから見れば一目瞭然らしい! 日本のメディアの絶望的状況や事情を語り尽くした後、ハワード支局長に「では日本のメディアのクォリティを高める方策はあるのか?!」と問われて、「結局、日本は国家と同様にマスメディアもアイデンティティも将来のビジョンも打ち出せず、その日ぐらし的に、ただ情報を送り続けるだけだというニヒリズム気分がマンエンしている」ので、「海外ジャーナリズムからの外圧を与えてもらうしかない」とコメント。ハワード支局長は日本のメディアのニヒリズム的現状は認めつつも外圧に期待しすぎではないか、との感想。
 「日本論」に関する難しいインタビュ−で通訳嬢に疲れがきたようだからとの支局長の思いやりで、キッチリ2時間のインタビュ−が終了。終わった途端、通訳嬢から色紙を出され、サインを求められた編集長は照れくさそうだった。英語が苦手な本誌編集長は英会話の得意な女性には弱いのだ。知ってましたか、T・Cさん。尚、記事はいずれ『ニューヨークタイムス』に掲載される予定。<写真は『ニューヨークタイムス』支局長とスタッフ>(2000/1/27)


1月某日  ゲイバー、ホストクラブと、突撃潜入取材が続いているのが、出産、育児休暇あけで張り切るスタッフY。今回は次号特集「美容整形」のため、某有名美容整形外科に体を張って潜入取材に行くことに 。一人の悩める相談者として、である。相談内容は悩んだ挙げ句、豊胸手術(!)にすることに。ディテールはとりあえず現実にリンクした「出産して胸が小さくなって……」とする。診察室では医師に、上半身裸になるように指示され、さんざん「触診」されるわ、「ボクより(ベースになる)肉がないねー」「埋め込むのに大きいパックが必要」等々言われるわ、極め付けが「キミ、(子供を)生む前に来れば(胸が大きくて)よかったのにねー」のキツイ一言。ヒジョーにクツジョクテキ(笑)な思いを味わいながらも、なんとかいろいろとネタを聞き出すことができた。この「編集者魂」の込められた次号特集に乞うご期待!と言っておこう(笑)。(2000/1/18)




1月某日 とうとう2000年、あけましておめでとうございます。ということで今回はスタッフたちそれぞれの”ミレニアム正月の過ごし方”を御紹介したい。
  K副編集長は、つかの間の贅沢と京都の祇園で食事をしていたら、知り合いの記者から携帯に電話があり「どうやら掻爬したようだ」との雅子妃の最新情報が舞い込み、一気に食欲を失ってしまった。何しろ懐妊を前提に原稿を書き上げていたからだ。気分を取り直し、和歌山の実家に帰郷する。和歌山といえば何もないけど、一応は和歌山ラーメン。有名なI商店に行こうとタクシーに乗ると運転手が「今、I商店は客の残りスープを入れたラーメンを出して、大騒ぎになっている」との情報を教えてくれた。現地では新聞記事になるほどの大騒ぎになっているという。中央マスコミとのニュースのギャップに絶句してしまった。
デスクKはひさびさに(10年ぶり!)紅白を見て過ごしたのだが、そのつまらなさに唖然としていた。しかしチャンネルを変えずに最後まで見たことに満足し、その後の「ゆく年くる年」までしっかりと観たのだという。ちなみにダイエットを考えて雑煮は食べなかった。
 進行デスクMは編集者やライター仲間たち3人(全員女)で大晦日に大酒飲み大会を行っていた。日本酒をガンガンに飲んでその勢いで新宿二丁目のレズバーまで繰り出し、またまた飲む。その店を出てさらにもう一軒はしごする、という大トラぶりで一年を締めくくったという。ダンナはどうしたんだ!?
 新婚のN記者は妻の実家がある静岡に帰省し、妻の友人達とオールナイトでカラオケ忘年会。そして新年には家族とともに修善寺の温泉という豪華な正月を過ごしたのだが、妻の家族と一緒だったため、かなり気疲れしたらしい。その後、自分の実家のある滋賀にも帰省したが、神戸新聞時代にお世話になった草地賢一氏(阪神・淡路大震災地元NGO救済連絡会議代表)の訃報を聞き、葬儀のため急遽神戸に赴く。そして翌日には東京に帰るというあわただしい帰省となった。何のための正月休みだ!
 スタッフYは子供を日本に残して(馬鹿っ母!?)香港へ。大晦日の午後11時に到着したが、どの道も人人人でゴッタ返し、なかなかホテルまで辿りつけない。結局人波に揉まれながら2000年を迎えたのだ。その後ホテルに着いたのはいいが、2000年問題がホテルを直撃しており、エレベーターは止まっているわ、フロントでチェックインできないわと散々な目に遭った。生後1年もたたない乳飲み子をおいてけぼりにした祟りか!?と思いつつ、その後は散々飲み食い買いまくりエネルギッシュな香港パワーを楽しんで無事帰国したという。今風の母親というわけか。
 T記者は結婚間近と噂されるキャバクラ嬢と二人楽しく過ごす。といってもひたすら食って寝てダンスダンスレボリューションをやっていただけなのだが、キャバクラ嬢とのダンスバトルは壮絶を極めたらしい。が、何せ二人だけの世界。部外者には真相は不明だ。
 編集Mはミレニアムカウントダウンを3回もやるという贅沢を味わった。まずは29日、忘年会で知り合った沖縄の女性とディズニ−ランドデートに行き、ミッキーと一緒にカウントダウンパレード。そして31日には飛行機に乗ってニューヨークへ。何とも贅沢そうだが、実は2000年問題で片道2万円という激安で、超危険(?)なフライトだったのだ。Mは編集長にこのチケットのことを教えられ、また「アメリカは2000年対策は大丈夫だろう」との助言で、この旅行を即決したのだ。そして機内では日本時間のカウントダウンがスチュワーデスによって行われ、本場ニューヨーク・タイムズスクエアでのカウントダウンへの期待が高まる。無事にニューヨークに到着し、いざタイムズスクエアへと思うも道が分からずキョロキョロしていると警官が親切に教えてくれた。しかし、タイムズスクエア近くにはバリケードが作られ、人が一杯でこれ以上一人も入れない、という状態。ウロウロしているうちにセントラルパークに着いてしまった。そこで小さなカウントダウン用の時計が作られていたので、そこで3度目のカウントダウン。タイムズスクエアの方から花火が見える。ニューヨークにいったはいいが、一番寂しいカウントダウンとなってしまった。そこで、沖縄の彼女に電話すると「どうせ新宿にいるんでしょ!」とつれない返事。ニューヨークは暖冬だというのに心は寒い正月だったそうだ。
 新人スタッフIは友人と神宮球場のカウントダウン花火大会に出かけたが、あまりの寒さに花火を待たず渋谷へ退散し、NHKホール(の外のテレビ)で紅白を鑑賞する、という訳のわからない行動に出ていた。自分でも憂鬱になったらしく、気分転換に花園神社に初詣に行き、おみくじを引いたところ中吉だったのですこし嬉しくなる。ところが、よく読んでみると「待ち人来ず」「病気心配」「失せ物出ず」という惨澹たる内容で、またしても意気消沈。気を取り直して岡山の実家に帰る。実家ではめくるめく豪華な食事が待っていて、「帰って良かった」と痛感。元旦フグ鍋、2日お寿司、3日しゃぶしゃぶ、4日中華料理と食べ過ぎて口唇炎になり、唇を腫上がらせつつ両親の愛情(とそれを支える財力)を再確認&感謝する。でも大切な物を家族は忘れていた。バースディケーキ。そう1月1日はI嬢の25歳の誕生日だったというのに(毎年のことだが)。
 トリは編集長。12月26日の忘年会で仕事納め、後は1月5日まで休みとあって、独身編集長は毎年正月には海外にいることを誇りとするかのように、今年もさっさと日本を脱出。公安の尾行・追跡を恐れて内密のうちに出発したが、行き先はどうもマカオだったようだ。中国への返還があったばかりのマカオを取材するという口実で、実は大好きなカジノでブラックジャックに勤しんでいたようだ。戦果のほどは不明だが、一説には負け知らず”ブラックジャックの帝王”との風聞もある。嫌いな石原慎太郎都知事のお台場カジノ構想だけは賛成、との理論武装しているというのだから相当の入れ込み様だ。しかし東京の闇カジノには一切出入りしていないので公安諸氏がマークしても全くのムダ骨とアドバイスしておきたい。
 といった訳で本誌スタッフの面々のそれぞれのカウントダウン事情でした。オシマイ。